うさヘルブログ

気持ちの整理のために開設。うさまるとデスヘルが好き。最近は、気持ちの整理とダイエット報告がメインになってきています。

うつヌケを見て

『うつヌケ』という漫画で、ふと思い出した。

 

この漫画の作者は、自分が50歳になったら自殺して自分を楽にしてあげようと考えていたらしい。その考えを聞いて、ひどく共感を覚えた。

 

自分は不登校になった後、中学の時復帰して以降、高校を卒業したら死のうと思っていた。進学校だったこともあって、どれだけ頑張っても成績はブービーから底辺付近だった。ブランクがあるのである意味当然なのだが、当時は頑張っても結果が出ない自分にひどく絶望をしていた。

 

どれだけ頑張ったつもりで勉強しても結果は出ないし、結果を見て親は怒るし、ストレス解消に好きなゲームや漫画を読んだりは禁止されるし、周りはとやかく言うしで、とにかく、価値のない自分が嫌で消し去りたいと思っていた。

 

社会のレールから外れた瞬間に死のうと考えていた。学校はさぼるし、授業は途中で抜け出すし、そんなことを一緒にする悪友までできた。悪友は僕と同じように成績がふるわない奴らで、進学校の中でも出来の悪い者同士で集まって、昼休みにはこっそりとトランプしたりゲームをしたりするのが楽しかった。結局そいつらとつるむのが楽しくて、高校卒業してもすぐ死ぬ気になれず、浪人して大学に行った。

 

大学に入った後は、大学を卒業したら死のうと思っていた。社会に出て働くのが億劫だと思っていた。父も母も疲れた顔で帰ってくるし、帰ってきたらきたで喧嘩するし、そんな生き物になるくらいなら、親の庇護下にあって楽なうちに死にたいと考えていた。

 

社会に出たら疲れるのが目に見えている。バイトをやってそれはいやというほど実感したつもりだった。一、二時間働いても大した給料にならず、やりたいことをやれずに生きるくらいなら、死んだほうがましだとも考えた。

 

結局、大学でできた友人たちと緩く遊ぶのが楽しかったり、研究がうまくいって楽しかったりで、院を卒業するまで楽しんで、そのまま流れのままに就職した。就職については真剣に考えていなかった。みんなと同じでいたかった。仲間から外れる恐怖感と疎外感から就職した。

 

考えてみると、真剣に社会の中で生きることを考えるのは、今が初めてだ。不登校になって以来、とにかく社会人になったら死のうと考えていた。時間があれば、死について考えていた気がする。五体満足で、何もせずとも生きれたからだろう。

 

今は、いろんな体の不都合や痛みを解消しながら、とにかく生きるのに必死で、死のうなんて考えている暇がない。むしろ、どうやって生きて行こうかと、キャリアマップを作成しようとすらしている。ものすごい掌返しだ。人生そんなもんなのかな。