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うさヘルブログ

気持ちの整理のために開設。うさまるとデスヘルが好き。最近は、気持ちの整理とダイエット報告がメインになってきています。

成長のために、醜さを認め晒す

今日の日記を小説風に書くつもりが、いつの間にやら、自分の気持ちを探る作業になっていた。でも、きっと僕はこの気持ちをどこかに吐き出してしまいたかったのだと思う。だから、ここに残す。

 

今回は、僕が持つ醜さについて焦点を当てている。他人に対して求める基準値と期待値が高すぎて僕は苦しんでいる、という内容だ。読んでいて不快になるかもしれない。僕はこれを人に見てほしくないと思うが、それでも誰かに見せることで自分の成長につながると信じて、ここに残します。

 

お手すきで気持ちに余裕がある方が、こんな馬鹿もいるのかと確認するためにでも、見ていただければ幸いです。

 

 

 

人生は短すぎるといったのは誰だったか。ヘミングウェイか、何かの漫画かが元ネタだった気がするが、ともかく僕もそう思う。何だかんだ回り道をしまくって、三十路に差し掛かろうとしている。

 

百年ほど前なら、とっくに一人前の年齢で、二百年さかのぼれば、一人前どころか、年寄りに分類される年齢だ。その割に、僕は昔の人ほど活躍が出来ていない。歴史を紐解けば、僕の年で活躍している人ばかり。僕は無意識のうちにそういった偉人と自分を比べてしまい、自分の矮小さを思い知らされて、無力感を味わっている。

 

僕は相変わらず特別になりたがっている。だれか個人にとっての特別ではなく、だれにでもわかる形の特別になりたがっている。きっとそれは悪いことではないと思う。でも、誰にでもわかる形の特別を作るための技術も覚悟も、僕には足りていない。

 

足りていないのは、今まで必要なかったから。それらが必要なくても、周りの人たちが優れていて、そこにのっかかる形でやってこれたからだ。甘えていた。そして、見ている世界が、身を置いていた世界が、あまりに狭かった。

 

僕の中では、年を召した老人であるほど、スキルを持っている人ばかりだった。僕にとって、老化とは成長だった。両親の祖父は二人とも元帝国軍人で、その後自分の会社を興した人物。同じ血筋に、同様に元帝国軍人トップの方に所属し、戦後医者になって研究結果を残したのもいれば、父より年上の親戚で大学の学長をやっている人もいる。

 

彼らとて何もせずに、その位置に辿りつけたわけではなく、ひどく努力と苦労と苦悩を重ねたうえでそこにたどり着いたはずだ。だが、彼らのそんな苦労を僕はこの目で見ることが出来なかった。ただ、彼らがどのような苦労をしたのかを、周りから聞いて知っていた。そして、その功績がどれほど大きいものであるか、また、彼らの功績によって僕が恵まれた環境に置けているという事を、年を重ねるごとに、理解した。

 

だから、そのうちに勘違いをした。老いていけば、きっと勝手にあの人たちと同じような功績を残せるものだと、思い込んだ。そして、自分の周りにいる他の人も、年を重ねるごとに、自分に何かをもたらしてくれる人なのだと思い込んでいた。要は、他人に対して期待値と基準値が高すぎたのだ。

 

庇護され続けた僕は、その庇護下から離れて独り立ちする際に、今までと同じような補助を他人に求めていた。そして、祖父らと同じような活躍を求めていた。でも、縁もゆかりもない他人に対して過剰な補助をしようとする人はほとんどいないし、同じような功績を残せるほどの能力を持った老人も少ない。誰かが華々しい活躍をするという事は、活躍した人以外の多くの人がその下にいるという事を、僕は真の意味で理解していなかった。

 

けれども、会社に入り、あちらこちらと回り道をして色々な人と接することで僕の視野は広がった。ひどく傲慢な物言いをしてしまえば、手首が動かせない、頭が働かないなどの条件で出来ない事が増え、明確になることで、出来ない人の気持ちがわかるようになってきた。

 

まだまだ一意的な見方だろうし、他の人にとって納得の行く結論ではないだろうが、少なくとも、自分で考えて出した結論に、自分が納得がいくようなモノの見方と考え方は出来る様になってきた。

 

とはいえ、まだまだ昔の癖は抜けることはない。ひどく勝手であることは理解しているが、僕と同じことをやって、僕以上の成果を出す人をうらやむ気持ちもあるし、僕よりも年を取っているのに、優れた立場にいるのに、僕よりも能力が低い人たちを蔑みたくなる気持ちも、正直、ある。

 

今までは、それを醜いものだとして、外に出すことなく、心の内にため込んできた。醜い自分を認めたくなくて、他人に知られたくなくて、とにかく蓋をしてきた。そして、そんな自分の怨念に押しつぶされた。自分に期待することなく、他人に期待しすぎた僕が誰よりも愚かで醜い事実が精神の痛みになり、やがて現実での出来事と混ざり合って体の痛みとなり、僕の体を押しつぶした。清廉潔白であろうとしすぎた。清濁併せて飲み込む強さがなかった。

 

でもこれからは、違う。違っていこうと思う。まずは、自分で、自分の醜さを認めた。それを他人に明かした。顔も知らない誰かだけれど、ともかく誰かに打ち明けた。これで、後戻りはできない。後戻りしようと思うのもなしだ。これで少しは前に進めたと思う。

 

誰もがわかる特別を作り上げたい。でもそれには自分の技術がまだ足りないし、覚悟も足りないと思う。何の技術が足りないのか、どんな覚悟が足りないのかすらわかっていない直感がある。そしてそれはきっと間違っていないと思う。もっと何かを悩んで、もっといろいろ試して、もっと恥をかかなければわからない領域なのだと思う。

 

だから試してみようと思う。やっていないことに挑戦して、無様に失敗して、恥をかいて出来るものを増やしていこうと思う。それが特別になるための一歩になると信じて。

 

我ながら、ひどく乱文だと思う。自分の気持ちをベースにしたので、あまり推敲もできなていない。それでも、どこかで誰かに吐き出して少し楽になった。

 

ここまで読んでくれた方、読んでいただき、ありがとう。

 

2017/04/26