うさヘルブログ

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世界樹の迷宮 〜長い凪の終わりに〜 十一話 「生き方を選べ」 Another root & 幕間 異邦人との交わり

世界樹の迷宮 〜長い凪の終わりに〜

十一話 「生き方を選べ」

Another root

幕間 異邦人との交わり

―――私は……

A:いや、こんなことを考えている暇はない
B:一旦、時間をかけて、この世界のことを深く知る必要があるかもしれない

→B選択

―――少しばかり焦りすぎていたか

思えば、この世界で生きてゆくと決めたのに、私はあまりに、世界樹の上にあるというこの世界の実情と、そこに生きる彼らのことを知らなすぎる。

私がこの世界について知っている事といえば、このエトリアのある大地が、世界樹という大木の上に造られた人造大地であるという事と、少し離れた場所にハイラガードという街があるという情報くらいであるし、会話も、不思議と話がしやすいインという女性を除けば、施設利用の戦闘の際にクーマ、サコ、ギルド『異邦人』の彼らと日常会話を交わした程度である。

さらに思い返してみれば、エトリアへやって来た当初、私を気遣ってくれていた道具屋のヘイとの会話も定型文じみたもの以外交わした覚えがない。彼の態度に何処かよそよそしい態度が混じるようになったのも、おそらくはここのところ、焦燥感から素っ気なく接してしまった私の態度が招いた結果なのだろう。

―――これはいかんな

急いては事を仕損じる。慌てる乞食は貰いが少ない。結果を求めて我武者羅に突っ走ったところで、思った通りの成果が出ないことは、先人が多く通り教訓として残したことからも明らかだ。賢者ならぬ身ではあるが、歴史より知恵を学び活かせぬ愚者にまで身を落とすつもりもない。

―――いや、すでに一度、失敗した愚者ではある……か

シン。私の失態で、彼という真っ直ぐな人物を死なせてしまった。あれは私が、私の世界の常識だけで判断し、動くという、油断と不信が招いた出来事だ。そう。私は結局、私の常識だけで世界をおしはかり、動いている。

協力関係を結んだとしても互いに手の内を全て明かさないというのは、以前私が生きていた闘争と競争が全ての世界においては常識だった。他の誰よりも優れてありたい。他の誰よりも上位でありたい。人間はそんな醜い嫉妬が全ての原動力で、他人を蹴落としてでも自らの利益を優先しようとするものばかり。それを持たない弱者は、食われておしまいの世界だった。

だから当然、共通の敵相手に同盟組む際も、自らの身を守るためのリスクマネジメントは必須だった。情報は漏らしたくない。余計なコストは払いたくない。だが、便利な手駒は欲しい。誰もがそう考えているのだから、すなわち、出し抜き合い、謀略、裏切りはあって当然と考え、常に敵と同様に味方の行動を把握し、気をかけ、最悪の事態を想定し、一定以上の信頼を置かない。背中を合わせて戦うなんてもってのほか。……それが、当然だったのだ。

ゆえに私は、彼らと共闘する際にも、あえて理由をつけて一人で戦うことを選択した。

……それが全ての間違いだった。結果として私は、いつも通り、ベストではないがベターな結果を得ることができた。シンの犠牲で、それ以外の全ての人間を拾い上げることができた。すなわち最低限の犠牲で、最大限の人数が助かった。そう、それは、私の世界の常識からすれば、納得すべき結果と言えるだろう。

―――クソっ!

無意識のうちにそんな結論を導き出す自分の思考に虫唾が走る。私はどこまでも過去の自分の経験から、現実的な妥協案を導き出そうとする癖が芯まで身についている。自分の思い描く理想を、自らが信じきれていない。

この負の感情とやらがその日のうちに処理される世界では、人間同士互いを信じあって行動するのは当然であり、他人の言動を心底信じて行動する人間ばかりなのだ。それはある一身で、私の理想、誰もが悲しまないで済む、幸福な世界に近い世界と言えるだろう。

しかし、そんな、世界において、私だけが世界に適合できていない。私だけが、過去の常識に照らし合わせて、犠牲があっても仕方ないと無意識のうちに判断し、行動している。私は今日の今日まで、そんなことに気がつくことなく過ごしてきた。その結末がシンの死だ。

簒奪された二度と戻ってこない命に対して向けられる、痛切な慟哭。絶望を彼の遺骸を前に泣いていた彼らの姿を思い出すと、長い孤独の時間に情感磨り減り、鈍麻と化した感覚しか持たぬ身であるとはいえ、胸が痛む。

―――もう二度と、あんな思いはごめんだ。

だから、一度、足を止めよう。立ち止まり、世界とそこに住まう人間と目線を合わせる努力を行わなければ、大勢の困った人を助け、正義の味方になるなんて大それた事は、夢のまた夢だ。それどころか、善良な循環が敷かれた世界に住まう住人と共に生きてゆく事すら出来やしないだろう。

―――こちらから情報を明かす必要がある、か

今回の話し合いで、魔術や言峰綺礼などについては話したが、自らが過去の人間の肉体を基にして召喚された、通常の人間とはことなる経緯にて命を得た体であることは明かしていない。過去の人間という存在を彼らは受け入れた。だが、過去の人間の体を利用して再生された、擬似的には死者にも等しい存在を、彼らは果たして受け入れてくれるのだろうか?

―――いかんな、随分と弱気になっている

思索に耽るのをやめろと忠告するかの様に、窓から強風が入り込み、体を叩いた。思い返すと、浮かんでくる考えはマイナスに偏ったばかりのものであるあたり、相当疲れている様だと理解する。人間、疲労がたまると、ロクでもない方向に思考が暴走しがちなもの……。部屋に侵入してきた冷たい風は、体から体温を奪って部屋へと撒き散らし、茹だった頭を少しばかり冷静にさせてくれた様だった。

―――寝るか

決心すると、余計な考えが再び頭に浮かぶより前に、窓を閉める。意識を落とす前に窓よりエトリアの景色をもう一度俯瞰し、彼方まで眺望すると、雲の切れ間より覗く星月と、街の端々まで備え付けられた街灯は確りと暗がりの街を明るく照らしているが、それでも暗闇がまるで存在しないというわけでない事に気が付ける。

そんなくだらない事実は、なぜだか幾分か心を軽くした。宝石を胸にしまい込むと、ベッドへと横たわり、瞼を閉じる。すると、様々な思考を巡らせ暴走しかけていた頭がようやく休息の時間を得て安寧したかの様に、眠気が到来した。

―――ああ、今夜はよく眠れそうだ

エミヤの覚悟は、世界に対して大きな影響を与えたわけではない。だが、彼が今、自らの意思で、自らが存在する今の世界に生きる人々と対峙することを決めた事により、たしかにこの時、この夜、この先の運命は大きく変貌する。

世界樹の迷宮 〜長い凪の終わりに〜

十一話 「生き方を選べ」

Another root

幕間 異邦人との交わり

……………………
……………………
………………
…………
……

エトリアから馬車を西の方角へとかっ飛ばす事、丸一日と余り。百キロと十数キロ程度の距離を駆け抜けたさらに先、道無き道を無理やり踏破した場所にその光景はあった。

「―――これは、……なんだ」

無理して山道を進撃させたため、疲れきった馬を休ませるために立ち寄った広場の上から目前に広がる景色を見下ろして呆けた声をあげる。

「なんだって、……グラズヘイムだろ?」

全身を大きくそらして伸びをするサガから頓狂な答えが返ってくる。名称を問う意図のこもった言葉ではないと修正する事も出来ず、私は目の前に現れた光景をただ呆然と眺めることしか出来なかった。

眼下にあるのは、樹海だ。遠くは山の端すら見えない地平の果てまでを一面に覆い尽くす樹木が萌えるなか、視界の端々に映るのは、その緑を突き破り天高くまで聳え立つ、オベリスクのような縦に長い、直方体の形をしている塔。

塔の高さには差異があるが、最小でも百メートル、最大のものに至っては、一キロの高さはあろうかと推測できる超巨大建造物もある。また、塔と塔の間は結構な距離が空いているが、その隙間を埋めるかのように丸いパイプのようなものが、波打って建造されていた。

―――まるで、水苔に覆われた古溜池を大蛇が暴れまわっているかのよう

建築された人工物の間を縫って広がる緑を観察してやると、お行儀よく地面からまっすぐ姿を表して慎ましやかに全身を正直に晒す樹木は少なく、大半は、地面に敷かれた人口建築物を突き破り、未知なる金属にて建築された施設や廊下を破壊しては、人口の壁面や、建材、コードに、天然の蔦や蔓などで身を装飾する傾奇者ばかりであることに気が付ける。

天然自然の樹木が堅牢な人工の壁床を突き破り五十、百メートルを越す高さにまで成長するには、相当の年月が必要だ。樹木の成長に伴い破損した箇所に手が入っていないことも加えると、つまり、目の前に広がるこの建物群が相当昔に建設され、しかし放棄され、その後長い間放置されていた事がわかる。

「あの中央塔が私たちの向かう場所だ」

呆けていた私は、オランピアの言葉に我を取り戻し、視界を俯瞰から集中の状態へと移行させた。彼女の丸みを帯びた独特なシルエットの手腕部の先端から伸びる細い指先の行方を追うと、目に霞むほど遠くある地平線に囲まれた三方の空間の中央付近にて存在感を主張する、最も巨大な尖塔が目に入る。

巨大塔は規則正しく青く発光している二本線が下層から上層のあたりまでひかれており、中層にて交わって円の形を作っている。円の部分を観察すれば、滑車のごとく回転運動しており、光はなんらかのエネルギーを下層より上層へと送り、送ったものを上層から下層へと返却し、循環させている証のように見えた。

「あの塔でグラズヘイムの管理者である人工知能マイク/MIKEに施設の使用許可をもらう」
「了解だ」

彼女の言葉に了承の返事を返したのち、振り返り、再びグラズヘイムの全景を見やる。人の獣道の痕跡すら朧にしか残っていない人跡未踏に等しい場所を乗り越えた先にある、遠く地平の果てに至るまで延々と広がる人工物の上に、長き年月をかけて樹木が繁殖した、巨大な箱庭。

はじめこそ、驚いたが、よくよく考えて見れば、この世界は未来の世界なのだ。このようなものがあってもおかしくはなかろう。否、それどころか、このようなもの遺跡が一つくらい存在した方が、自然である気がする。

「おい、エミヤ。馬が調子を取り戻したみたいだぜ? 」
「―――ああ。了解した。今、そちらへ向かう」

馬の嗎を聞いて踵を返すと、荒唐無稽な光景を目の当たりにした驚きの感情はもうすでに収まっている事に苦笑する。

―――……我ながら陳腐化が早すぎるな

「エミヤ!」
「ああ、わかった。すまない」

再三呼びかけてくるサガの声に返事を返すと、仲間たちの元へと足を運ぶ。乗り込むと、馬車は途端に動き出し、再び荒れた道の上を引きずられてゆく。車輪が整地されていない地面と接触するたび、ガタガタとした衝撃が足腰に襲いかかってきた。荒い運転により生じる不規則かつ激しい衝撃に、しかし文句を言う者は誰一人としていない。

そもそも、御者に無理を言って、馬に限界以上の酷使を敷いているのは私達なのだ。それに、この旅路の目的を考えれば、この程度の障害に文句など言っていられない。

「シン……」

揺れ動く馬車の中に、響の呟いた声がやけに大きく響き渡る。その後、誰も一言も漏らさないまま、馬車は目的地へと近づいてゆく。

二日前―――

「エミヤ。エーミーヤ。エミヤー。……エーミーヤー! 」

インの宿屋にて昨日までの疲れを癒すべく惰眠を貪っていた私は、目元にクマを浮かべ、常とは異なる非常に低い声で私の名を呼びながら無遠慮に施錠された扉の面を叩く、いかにも不機嫌そうな声色の女将の叫び声により、無理やり現実世界へと引き戻された。彼女は低血圧であるらしいので、早朝のこの時刻ひどく機嫌が悪くなることは心得ていたが、今日は一段とひどい荒れようだ。遠慮も何もない態度は、とても客に対する者とはかけ離れていた。

―――今日くらいは一度、ガツンと強めに接客の何たるかを言ってやるか

まだ日差しが部屋の中へと挨拶にやってこない時間帯、鐘の音の目覚ましがなる前の無遠慮に振る舞いに多少の苛立ちを覚えた私は、額を揉んで眠気を追い出しつつ、荒々しい声と打撲音によって悲鳴をあげる扉を救い出すべく錠を解すると、ノブを握り、扉を開け放った。

「イン、君は少し客人に対する礼儀と慎みというものを―――」
「―――あんたに客よ」
「……、了解だ。感謝する」

しかし、常に凛然としている姿はどこへやら、酒場でたむろっているゴロツキのチンピラよりも凶悪な目つきをした彼女が、不機嫌と殺意を織り交ぜて具現化したかの様な色をしたどす黒いオーラ纏っていたため、私は迷わず閉口して礼の言葉を口にして扉を閉めた。過去の経験が、今の彼女とは分かり合えないと、全力で撤退を訴えていた。

インは舌打ちと共に、まだ暗がりの中ランプをかかげると、足を引きずりながら自らの寝室へと向かい遠ざかってゆく。小さくなってゆく彼女の足音を聞いて流れた冷や汗を拭い、心中に生まれた余計な緊張を消すべく、長く深いため息を吐くと、ようやく人心地がついた。

やがて気持ちを落ち着けて入り口までゆくと、同じ目にあったのだろう、ひどく怯えた様子のクーマの使者と合流し、まだ暗く寒いエトリアの街を歩く。夜の間に冷気を溜め込んだ街は、芯まで冷える様な寒さを保っていた。

「―――怖かったです」
「―――ああ、そうだな」

店を出るまでの間に衛兵の彼と交わした会話はたったこれだけだったが、たったそれだけのことにも関わらず彼と心の底からわかり会えたという気がした。同様の恐怖を味わった経験とは、かくも雄弁なコミュニケーションのツールになり得るものなのだ。

「ところでクーマは何用で私を呼んだのだ?」

まだ夜の寒さを秘めた街中、暗がりの道を先導してくれる彼に、問いかける。

「さぁ……、私もエミヤさんを呼んでくるよう指示されただけなので、なんとも……」
「そうか……」
「ああ、でも、直前にアーモロードの人と、近くの村からやってきた使者の方と会談なさっていたようなので、もしかしたら最近起きた天候災害関連のことかもしれませんね」
「災害? 」
「ええ。なんでも、山の向こうにある村では日照りが続いた後、川が赤く染まったとか、アーモロードの方では馬鹿みたいな大雨が続いて海が赤く染まったとかで大変だったらしいですよ。餓死者も出たとか言う噂です」
「なるほど、プランクトンか」
「まぁ、多分」

川が赤く染まるのも、海が赤く染まるのも、水中の栄養が過多の状態となりプランクトンが大量発生することで起こる現象だ。話を聞くに、川の方は日照りで水の動きが滞り貯池の様相をなしたからだろうし、海の方は続く大雨によって水中が海底まで大きく撹拌されたが故の現象だろう。

「まぁとにかく、食料が足りないってことで、アーモロードも近くの村の方も、援助を頼みにきたらしいですよ。エトリアは山に囲まれた盆地である分、天気は崩れやすいですが安定した食糧生産ができますからね。クーマ様は私を呼び出した時も、彼らと食糧移送の事についてお話しになっておられました」
「なるほど、ご苦労なことだ」
「エトリア周辺は平穏で魔物もほとんど出ませんが、山を越えて村やアーモロードの方面へ向かうと、多少魔物も出現するようになりますから、あるいは、エトリアから食糧移送する際の護衛をお願いしたいのかもしれませんね」
「それは……、断れんな」
「そう言ってくださるとありがたいです。よろしくお願いしますね」

衛兵の彼は私の返事に、一旦足を止めて振り返り、わざわざ頭を下げると、再び姿勢を整えて先導へと戻る。自分とは関係ないところの人間の苦難に対して思慮の態度を示すことができる彼の性根に、温かい気持ちが生まれたのを心地よく思いながら、私は彼の後ろに続く。

私を冷やす成分は、いつのまにか私の中から消え去っていた。

ところが、衛兵の先導に従って、石造りの建物の隅々まで暖炉や温熱器具が熱気を伝え切った、暖かな執政院の中にある一つの部屋に足を踏み入れた途端、すぐさま最低体温まで引き戻された。

「……」
「……」

無言で向けられた冷徹な視線に、今朝方同様の、背筋から全身を冷たくするような悪寒を感じ取る。冷える体をじんわり暖めてくれていた心の熱は、簡素ながらも統治者としての気品を醸し出すには十分な飾り付けがされた瀟洒なクーマの部屋の中に霧散してゆく。

私を極寒の気分に叩き込む視線を送ってくるのは、二人の人物だ。彼女らの不信感と微かな軽蔑の感情が混ざった絶対零度の視線は、私の上昇した熱を奪い去り、暖かいはずの部屋の温度まで下げている。

一人は、かぼちゃのお化け―――おそらくはジャック・オー・ランタン―――の形状をした耳あてをした、体がすっぽりと隠れる様な水色のマントにて全身を覆い隠している、造形の顔の人形の様に整った女性だ。隠れているが、全身がとても華奢な女性であることが、体に張り付く布の様子でわかる。特に、彼女の腹部に至っては、まるでないが如く布がはためいていた。

もう一人は、独特の緑色の鳥の羽を加工した様なマントを身につけ、一枚布を加工して頭部と両腕が通る隙間が出来るよう縫いあげられた紫の民族衣裳を纏い、顔を布で覆い隠している。頭のフードの両脇から垂れるふわりとした髪といい、華奢な体つきと骨格といい、おそらくこちらも女性だろう。

二人の向ける遠慮のない視線から目線を切って部屋を見渡せば、見覚えのある人物たちが、居心地悪そうに身を縮こめている。一人飄々とした態度の例外もいるが、響という少女などは、極寒の中裸一貫で置き去りにされたかの様に、震えていた。なるほど、つい先日、仲間を失ったばかりの年若い少女の身に、この敵意すら感じられるような感覚はきつかろう。

「あー、―――」

人が弱体化した姿は、私の中にあった正義の味方の熱を苛み、沈黙を破る言葉が勝手に出た。冷たい目線を保つ二人の視線が強まりこの身に集中したのを感じ、少しばかり気後れしたが、後に引くのも格好悪い気がしたので、そのまま言葉を続ける。

「……、クーマ。何用で、我らを招集したのだ? 」
「ああ、うん……、その前に、紹介だ。彼女たちは―――」
「……オランピア
「シララだ」

彼女たちはぶっきらぼうに自らの名を告げた。刺々しさがあるのは勘違いでないだろうが、私の言葉で彼女らの冷たい態度の中に戸惑いが生まれたのを見るに、おそらく彼女らはクーマによって、「エミヤという男が君たちに会いたがっている」とかいう口実で唐突に呼び出されたクチなのだろう。私は少しばかり彼女らに同情の念を抱いた。

「それぞれ、アーモロードの海底にある深都を治めていた深王の後継者と、この街近くのモリビトの隠れ里からやってきた、世界樹の巫女殿だよ」
「「……!」」

クーマが発した言葉により、私が彼の言葉に首をかしげるよりも早く、私へと向けられていた二つの視線がクーマへと集中する。彼は自らへと向けられた疑念と不信がこもった視線を受けて、しかし平然と笑みを崩さずに、机の上に腕を組み、微笑を浮かべていた。

「……、どういうこと?」

オランピアと名乗った女性は、イメージ通り冷たい、しかし抑揚のない声でクーマに問いかけた。直後、止まっていた歯車が一斉に滑らかに動いたかの様なモーター稼働音に似た音が聞こえ、彼女の体を二重に覆っている水色の布が大きく揺れ、マントと床との隙間から多量に熱気の篭った風が私の足元へと送られてきた。彼女の発する熱により、冷えていた体が急激に暖められ、寒暖差により自然と身震いが生じる。

「彼女の怒りはもっともだ。我々の正体は一般には秘匿が基本。なぜ易々と正体をバラした」

剣呑な気配と異様な事態に、思わず腰が浮きかけた私に先んじて、モリビトのシララという彼女が発言した。まだ子供の体躯にしか見えない彼女は、驚くべきことにかの騎士王に匹敵する純粋な闘気を発していた。目に見えないオーラはそのまま枷となり、圧となり、重しとなって私の行動を阻害する。並大抵な力量では放てない強者のオーラは、彼女に確かな実力がある事を示す証だ。

異常な熱気と闘気。二人から、常人にはとても放てない異なったベクトルの、しかし、異様な圧力の気配を浴びせかけられたクーマは、しかし涼しげな顔をしている。自らの言葉により怒りを露わにした二人の感情をもろに浴びても平然とした態度のままである事に、私は思わず感心した。あれくらい面の皮が厚くないと為政者などやっていられないのだろう。

「ああ、それはですね。彼らがどちらかといえば、貴女がたに近しい人物だからですよ。より正確にいえば、そこにいる赤い外套で白髪長身の―――エミヤが、ですが。……彼、なんと、過去の―――世界樹が飛来した頃の人間なのですよ」

そしてクーマの口より飛び出した、私の名前と外見的特徴、加えて彼の推測による私の背景―――半分正解―――によって、彼女らの関心は再び、彼から私へと移されたようだった。戸惑う様な、驚く様な視線が私と彼女らの間で交錯したのは一瞬、彼女らは私の方へと近寄ってくると、無遠慮に私の体を弄り始める。

「お、おい、なにを……っつぅ」
「―――ヌクレオチド分子、DNA配列、ゲノム地図の照合……適合……、これは―――」

突如片腕にて私の腕を固定したオランピアは、同じく自らの指先から私の腕の血色良い部分めがけて鋭い針を突き刺したかと思うと、そのままの姿勢で動かなくなる。彼女の手を振り払い、針を退けて、今しがた彼女が述べた聞き覚えのある単語について尋ねてみるべきか、とも思ったが、下手に動くかと、極細の血管針が折れて血管の中へと侵入するかもしれない、などとくだらない考えが頭をよぎった。

大抵折れて血が出る程度で終わりだと思うが、万が一ということもある。仕方ないので、じっとしたまま、彼女の観察に注力する事にした。無機質な顔面を見れば、つるりとした陶器に似た表面の肌には血色というものも、シミ、ヤケなどの後も一切ない。

そんな人離れした美麗な肌質の顔面において、唯一の右目の上下に黒い線が走っている。その部分を注視すると、一目で切り傷ではないことがわかった。部位の下には、黒い金属板が覗けたからだ。

顔面の頬骨から額までを砕くほどのひどい傷を負った故、プレートでも埋め込んだのだろうか、とも考えたが、ふと視線を下げて彼女のマントの隙間から覗く手腕部を見て、そんな考えは吹き飛んだ。

―――ケーブル……!?

何と、彼女の腕、肘から肩にかけての筋肉部分には、ケーブルが走っているではないか。材質はゴムのようにも、プラのようにも見える。さらに注視すると、顔面の下、マントの奥に隠された首元にも、腕と同様のケーブルが規則正しく筋肉の代わりに配置されていることがわかる。そこで私は理解する。

―――オランピアと名乗った彼女は、ロボットかアンドロイドかサイボーグなのだ

複雑な機械とは無縁のこの世界、一体、彼女はいかなる理由と事情でその様な体であるのか
―――

「見た目歳をくっている割に、世界樹との霊的な繋がりも薄い。プラーナも異常。スシュムナーの付近に、異常なプラーナのバンダがたくさんある。そのくせ、スキル用のバンダがほとんど―――いえ、まるでない」
「お、おい、こら! そんなところを触るんじゃあない! 」

オランピアの生い立ちについて疑念がよぎった際、人の事情を勝手に想像するという邪推が頭の中に渦巻くのを止めたのは、もう一方の少女、独特の民族衣装をまとったシララだ。

シララはオランピア片腕を抑えつけられ身動きの取れなくなった私の尻、骨盤付近から背骨に沿って頭頂部までを白粉でも塗りたくった様な真っ白な腕にて慎ましやかに撫であげると、最後に私の首元から肩、背後にかけて広がる魔術回路付近へと手を乗せたまま動かなくなる。彼女が手を動かすたび、少しばかり魔力回路が微かに痺れるような痛みを発する。

―――……一体、彼女は何をしているというのだろうか?

「―――満足したか……?」
「……」
「……」

やがて私を拘束していた二人は、無言のまま私を解放した。彼女らの突然の暴行により乱れた服装を整え、襟元を正して彼女らに声をかけるも返事はない。オランピアは機能停止したか様に瞬き一つせず瞳を開けたまま、シララは眉をひそめたまま、動かない。どうやら二人は己の思考に没頭しているようだった。

まるでラチがあかない。救いの手を求めて辺りを見渡すと、先程と変わらぬ笑みを浮かべているクーマと視線があった。彼は私と目線があった事に気がつくと、悪戯が成功した子供のように、深い笑みを浮かべた。

「どうやら驚いてくれたようですねぇ」
「クーマ。いったいこれはなんなんだ。 そもそも君は、なぜ私たちを呼び出したんだ! 」

自らが状況の中心にいるもかかわらず、何が起こっているのか一切不明、という状況は鬱憤が溜まるものだ。気がつけば私は、心の裡に湧き上がってくるふつふつとした思いの解決を求めて、この場において唯一全ての事情を知っているクーマへと怒りを伴った声を発していた。

「あっはっはっ、いや、エミヤが声を荒げるとは珍しい。―――いや、すみません。君の慌てるところなんて滅多に見られるものじゃないから、つい意地悪をしてしまいました」
「クーマ……。どうやら私は、君の性格を随分買いかぶり、間違ったベクトルに評価していた様だ。下方修正して適正値に戻しておこう」
「おや、これは手厳しい。では、ここはひとつ、先ほどの質問に答える事でその怒りを晴らし、名誉挽回とさせてもらいましょうか」

クーマは言って身を乗り出し胸を張ると、場を少し整えるためだろう、わざとらしい咳払いを一つした。動作にて私と異邦人の四人は語り部の話を傾聴すべく姿勢を整えるが、未だ自らの世界に没頭している二人の少女は、こちらを見向きもすることない。

「……っと、あとちょっと待ってくれるかな? 多分そろそろ―――」
「……何がだ―――、……っ!」

時計へと目を向けたクーマに疑問を返すと、鐘の音が疑念を引き裂いた。発生源と近い場所にあるこの場所において、塔の天辺より打ち鳴らされる鐘は、エトリアに存在する寝坊助どもを起こすために、張り切って振動を撒き散らす。鐘の威力や凄まじく、音がなるごとに壁は揺れ、窓は軋み、天井の灯からは埃が落ちてくる。

私は思わずその音を防ごうと両手を耳に当てて耳孔を塞いだだが、クーマの話に耳を傾ける姿勢を取っていた私は、耳に意識が集中しているさなかの不意打ちに対処しきることはできず、消え去るまでの間部屋の内部にいる我々の体内へと侵入した音波は、耳朶どころか体を髄までを揺らし、脳にまで伝播すると、音の衝撃は頭痛、目眩へと変換されてゆく。

「―――そろそろだと思ったんだ。この音色響く中話した所で聞こえないだろうからね」

一方、クーマは年不相応な屈託ない笑顔で笑った。彼が善人であるという評価をさらに下げつつ、前頭部を抑えて辺りを見渡すと、どうやら同じく音にやられたらしいダリ、サガ、響が目に飛び込んできた。

彼らは三人とも両耳を塞いで、眉をひそめ、私と同様の醜態をさらしている。ピエールだけが平然とした表情で我々の失態を見て意地の悪い笑みを浮かべていた。また、私たちと同じく部屋の中にいた少女二人は、己の世界に完璧に入り込んでいる様で、音の不意打ちがあったことすら気がついていない様だった。やはり、オランピアと名乗る彼女の外見が示す通り、彼女らがただの人間でないようだと再確認する。

「クーマ様。よろしいでしょうか」

やがて激しく脈打つ鼓動が平生を取り戻した頃、数回のノックの音が静かに響きわたり、遅れ、さらに小さな声が聞こえてきた。音の攻撃に多少機能が低下していた耳は、しかし、少しばかり舌足らずの声音には聞き覚えがあると訴えてくる。確か―――

「はい、どうぞ」
「―――失礼します」

入室の許可がくだされたのち、扉を開いて現れたのは、予想通りサコという施薬院の少女だった。この場にいる誰よりも小柄な彼女は、扉を開けた途端、執務官の部屋の中の大部分を占拠している我々の存在に驚いたらしく少し身をのけぞらせたが、すぐさまぺこりと一礼をして部屋の中へと足を踏み入れ、クーマの席の前まで進んでゆく。

「あの……」

クーマのすぐそばまで近寄ったサコは、しかしその場で彼に視線を向けたまま停止すると、多少の緩急をつけて私たちを眺め、そしてもう一度クーマへと視線を戻した。

「ああ、彼らのことは気にしないでください。……いえ、むしろ、彼らにこそ、この話は聞いてもらうべき事なのです。気にせず報告を」

クーマの断言にサコは少しばかり身を震えさせたが、けれどすぐさま姿勢を正すと、手にしていた袋の中より石を取り出して机の上に置く。金平糖の様な形をした丸みを帯びた石は、窓より差し込んできた陽の光と部屋の中をまだ照らすランプの灯を反射して、仄かに青い反射光を放っていた。

「剖検の際に見つかりました石、ご要望通り、現物をこちらにお持ちしました……」
「はい、ご苦労様です」

剖検。それは死体を解剖し、死因を調査する際に使われる言葉だったはず。サコの口から飛び出した言葉に、心がざわめいた。死人という存在が出る事自体が珍しいこの街において、その単語が適応される対象は、一つしか思い浮かばなかった。

「クーマ……それはまさか。その石は―――」
「はい。おそらくご想像の通りです。この石は、シンという青年の遺骸修復の際、彼の体内から見つかったというものになります」

クーマの言葉に目を見張り、石へと視線を送る。石は体内で生じたと言っていた割に、唾石の様なクリーム色ではなく、耳石の様な米粒状の形でもなければ、結石の様な人を傷つける刺々しさもない、柔らかい外観。部屋の中を照らしつつある陽光と未だ部屋の中で灯る炎の光を浴びながらも、それらに負けぬとばかり光を強く発する青い石は、たしかにシンという青年の在り方に似ているところがある気がした。

「……シンの?」
「それはいったいどう言う……」

ピエールと響は深い懊悩を露わにするかの様に、眉をひそめ、言葉を漏らした。サガとダリは軽く眉をひそめて無言で首を傾げている。思わぬところから死んだ仲間の名前が出てきたことに、異邦人のメンツも当然驚いたのだろう。驚きの度合いに格差が生じているのは、負の感情の云々というやつが原因なのだろう。

「これは……グリモア?」
「これが昨日言っていた天然の―――フォトニック純結晶体か」

そんなおり、思わぬところから、またしても聞き覚えのない言葉が飛び出してきた。いつのまにか意識を現実へと引き戻していたオランピアとシララは、意味不明の単語を口にしながら石の置かれた机へと近寄ると、揃って手を伸ばす。

「む」
「む」

そして空中にて互いに手がぶつかったことにより、ようやく互いの存在を認めた様で、瞬の間だけ頑是ない様な無垢な視線がぶつかり合ったが、すぐさま互い共に、瞳の色を冷徹なものへと戻すと、二人ともに素直に手を引っ込めて、机から少し離れた。

「はい、その通り、フォトニック純結晶です。しかし、グリモア……、という呼び方もあるんですねぇ」

そしてクーマは仏頂面を浮かべる二人の少女を交互に見比べると、満足したらしく微笑みを深めた。

「……いい加減、どういう事か説明してもらえると有難いんだがね」
「おっと、これは失礼しました」

誰も彼もが状況を飲み込めず、不信の冷気と疑念の炎によって寒暖激しく行来する部屋の中、一人だけ陽の当たらぬ木陰にいるかのごとき涼しげな様子のクーマを睨め付けると、彼はやはり爽やかな顔で軽く頭を下げた。

「―――事の始まりは、昨日のことです。サコからシンという青年の体内より異常なものが見つかったという報告を私が受けたのは、貴方達に宝石を託し、彼女達から別個に相談を受けた後でした」

クーマは視線を私たち、シララ、オランピアの順に移動させる。我々と彼との間で視線が交錯する。多分、昨日、顔を合わせた順番なのだろう。

「それぞれの相談の内容とは―――」
「クーマ。すまないが、まずは要点をお願いできるだろうか」

語り部の口調と出だしの言葉から、クーマに結論から述べてほしいと依頼する。彼の枝葉末節までを語りたがる癖に付き合っていては日が暮れると判断したからだ。

「―――そうですね。わかりました」

私の言葉を受けたクーマは、話の腰を折られたことに少し不満顔を浮かべたが、しかし、私を見て、周囲を見渡すと、私同様にげんなりとした表情を見せていた周囲の彼らの様子から、今現在求められているのは詳細な情報ではなく要旨なのだと気付いたらしく、曇らせた顔を真剣なものへと変化させて、頷き―――

「では単刀直入にいきましょう。―――この石……すなわちフォトニック純結晶があれば、シンという青年をこの世に呼び戻すことができるはずです」
「「「「「「――――――――――――! 」」」」」」

シンという男が復活する。そんなこの世の理に反する、容易く使われて良いはずのない言葉に、私と異邦人のメンツが息を飲んだ。我らとは逆に、驚きを露わにしない三人の様子から、なるほど、死者の呼び戻しという奇跡に等しき所業はたしかに可能なのであるという確信を得る。

「―――詳しく話を聞かせてもらいたい」

夾雑物をなくした我らの思考は、シンを蘇らせる手段を知りたいという共通の意思によって繋がれていた。その場において無言を貫いていた異邦人の彼らと比べれば、舌の根の湿度を高く保っていた私の口から、我ら共通の意思が飛び出す。

「―――ええ、もちろん」

己の話の詳細を聞きたいという要望を聞いたクーマは、笑みを深めて頷いた。

「グラズヘイム?」
「ええ。彼を蘇生させる鍵は、そこに眠っています。……、まぁ、蘇生、というよりはアンドロとして生まれ変わらせる、という方が正しいのかもしれませんが」

サガの疑問にクーマが答えた。

「アンドロ化か……、まさかそんな方法があるとは」
「私と同様、生体組織を一部に用いたアンドロにするわけであるから、純粋なアンドロになるわけではないのだがな。それに知らなくて当然だ。アンドロの製法は、我ら深都の民や、世界樹関連の過去施設の極一部にしか伝えられていない。アンドロの核となるこのフォトニック純結晶体も、通常は加工しなければ生まれないものだからな」
「常々悪運の強い男ですねぇ、シンは」
「なんにせよ、戻ったら、パーッと歓迎してやらないとだな!」
「そうですね! あ、でもアンドロの体ってなにを食べられるんだろう……」
「基本は人間と同じものはなんでも食べるぞ。栄養吸収率は人間よりも上で、燃費もいい」

ダリの感嘆にオランピアが淡々と言葉を返し、ピエールが茶化す。サガと響はすでに彼がアンドロ化して戻ってきた時の事を考え、オランピアぶっきらぼうに答えている。彼らはシンという男をアンドロ化して蘇らせるという言葉を聞いた途端、当たり前のようにそれを受け入れ、彼を冥府より呼び戻せる事を前提とした様子で朗らかな会話を繰り広げていた。

だが私は、その輪の中に入れない。なぜなら私は―――

「―――すまない。アンドロ、とはなんだろうか?」

そのシンの蘇生方法であるという、『アンドロ』というものについての知識がないからだ。私とは違う理由で、しかし私と同じく輪から外れていたシララにその事を尋ねると、彼女はひどく億劫そうな顔をこちらに向けながら、嘆息して口を開いた。

「アンドロとは、遠い過去の時代に開発された人型兵器であるらしい。オランピアもそのアンドロだ。深王はフカビトや魔のモノに対抗すべく、世界樹の知識より機械の体を再現したと言っていた。―――だから、過去の言葉で言うなら、アンドロ化、というのは、機械化、というのになるのかもしれない」
「……そうか」

『機械化』。シララが言ったそんな言葉は、私の胸にえもしれぬ感情を生んだ。視線をシララからオランピアへと移す。すると、異邦人の四人に囲まれた彼女は、彼らの「シンがアンドロ化したらどうなるのか」と言う質問に応えるべく、マントをめくって自らの機械の体を晒し、機能についての説明をしている。

オランピアは、人の全身の骨と関節部分だけを抜き出して機械化したような体をしていた。使用頻度か高く人に晒す機会が多いためか、上半身のうち、顔の部分と腕の部分はそれなりに人に近い造詣をしているが、下半身は、特に胸部から下は心配になる程細い。

と言うよりも、彼女の下半身には、中身が無い。オランピアの体の胴体部分のうち、機械が詰まっているのは胸部から上のみで、腰部より下、すなわち人間の腸や肝臓に当たる部分にはなにも詰まっていないのだ。

見えるのは、背骨と、それより繋がる骨盤、二本の足のみという有様。細身通り越してまさに骨身で、見ているこっちが折れてしまわないか不安になる。小学校の理科室などにあった人体模型に、細身の美人の仮面をかぶせ、セミロングのウィッグをかぶせて整えれば彼女に似た姿になるだろう。

しかし、そんなオランピアの空っぽに等しい機械の体内にて、唯一目立つものがある。それは胸部にて光る、赤く丸い球体だ。その形状や光沢は、今、クーマの目の前に置かれているシンの体内から抽出されたという石によく似ていた。おそらくあれがフォトニック結晶体とか言うものなのだろう。

―――アンドロ化するということは……

「―――どうした?」

考え込んでいると、シララが話しかけてきた。首をかしげるその仕草にて、彼女の被っていたフードがずれて、落ちた。そして現れた顔つきは思っていたよりもずっと幼く、まだ少女の風体ばかりが多く残る顔の上には、心配の感情が浮かんでいる。先ほどまでの厳しい口調は、小さな少女が必死で見くびられるまいと背伸びしていたためかもしれない、などと想像に浮かぶ。

途端、頬が緩みそうになる。まだ幼い姿をした彼女には、柔らかな態度で応対すべきだろうかとそんな考えまでが浮かび上がる。しかし、思った折、ふと思い出したのは、かつて共に戦い抜いた青き騎士王の事だった。そういえば彼女も自らの体躯が、鎧を着てしまえばまだ少年のものとも、少女のものとも区別の付きづらいものであった事をコンプレックスにしていた。

あるいはもしや、彼女もそうして見くびられるのを嫌って、フードにて自らの顔を隠していたのかもしれない。なる程、だとすれば、急に態度を一変させるのはむしろ彼女の機嫌を損ねる行為かもしれない。

「いや、……シンもあのような体になるのか、と思ってな―――、っ!」
「―――」

懊悩しながらも、なんとか顔色変えずに告げた途端、視界が上下に酷くブレた。瞳は数度ほど天井と地面を往復したのち、この現象を引き起こした下手人を捉える。シララだ。彼女はその小さな体躯で私の胸ぐらを掴んで引き寄せると、そのまま私の身を揺らしたのだ。

「モリビトであるがゆえに人との接触を断ち、世界樹の情けにより命を拾った身であるがゆえ、世情に疎い私ではあるが、今の言葉は彼女に対する無礼を含んだ言葉にも聞こえると理解できる」
「―――」
「現代とは異なる時を生きてきたのだろうお前に悪気がないのは、今の表情の変化でわかる。失言は私の胸に納めておこう。だが、気をつけろ。思想や考え方というものは、ふとした時に言葉から零れ落ちるものだ」
「―――忠告、感謝するよ」

昨夜懸念していた常識が違うという問題が、早速騒ぎを起こしたことに、内心嘆息する。しかし同時に、彼女が怒りによってとった行動は、私の中に安堵の感情を呼び起こした。

なるほど私は、人の体を機械化していったとき、果たしてどこまで機械化すれば人で無くなるのか、人と機械の境界線はどこなのか、不気味の谷はなぜ起こるのか、などという人と機械の定義はどこかを問う時代の知識を保有している。

ゆえに、シンという男を機械化という処置をして呼び戻すことは、シンという男をオランピアというアンドロのように、脊髄を機械化し、筋肉をアクチュエータと伸縮するケーブルに、全身の血液をオイルに変更し、内臓の一切を無くしたとき、それは果たして、シンと呼べる存在なのだろうかと疑問に抱いた。

しかしそれはすなわち、全身が機械である、オランピア含む、アンドロという存在を否定し見下しているとも聞こえかねないぞとシララは教えてくれたのだ。そして同時に、彼女の怒りの行動は、私の価値観からすれば人にあらざるものを受け入れることを当然とする常識が世の中に根付いているということを意味していた。

いつだって争いの源となるのは、価値観の違いだ。悪気はなくとも、思いやりものであっても、価値観が違えば、無意識のうちに発した一言が、気づかぬうちに火種になることだってありうる。

実感伴った重みのある言葉である所から察するに、さては彼女もかつて歩んだ道なのだろうかと邪推しながら、仲睦まじく話を続ける異邦人と、それに付き合ってくれているオランピアの方へと意識を向けると、幸いにして今のやり取りは気付かれずに済んだようだった。

マントを脱ぐことで消音の効果が薄れた、機械の体である彼女の体から聞こえてくるモーターの音がやけに大きく耳に聞こえてくる。それを物珍しそうにしながらも、好意の感情で受け入れる彼らの様子は、遠い昔の喧騒を思いださせて、私を郷愁の心地にさせてくれた。

グラズヘイムという施設の中央塔近くまで馬車を用いてやってきた我々が、馬車より降りると、交代で御者を務めていた衛兵たちは素早くと馬車によじ登り、荷物を馬車より降ろしてくれる。

「ありがとう。助かった」
「いえ、これも務めですから……」

荷物を受け取り、礼を言い、挨拶を交わすと、彼の言葉尻に力強さがないことに気が付ける。よく考えてみれば彼らは、私たちをこのグラズヘイムという場所に一刻も早く送り届けるため、己と馬に強化の薬と回復薬を用いながら、丸一日以上ほとんどぶっ続けて交代で御者を務めてくれたのだ。彼らの疲労も当然だろう。夜通しの強行は衛兵たちと馬に、普通以上の疲労を与えていたのだ。

本来ならばこの後、我々が戻るまでの間、この場所に陣取って非常事態に備える予定であったが、これではまともにその務めを果たせまい。流石に不憫と私は、異邦人の皆と言葉を一言二言交わして彼らから自らのアイデアを実行する承認を得ると、再び衛兵たちに話しかけた。

「お疲れのところ悪いが、早速もう一仕事頼めるだろうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「エトリアに戻り、クーマに我々がこの場所に到着したことを報告してほしい」
「……それは」
「どうせこのような、大した事のない場所なのだ。クーマも文句は言うまい」
「……、それもそうですね。それではありがたく」

エトリアへの帰還を勧められた衛兵たちは私の提案に、一瞬戸惑い驚いて見せたが、承諾した。馬を労わり、馬車の点検をすませると、再度礼を言いながら一人がアリアドネの糸を使い、彼らは馬車ごと光の中に消えてゆく。

この後、彼らは数秒としないうちに、彼らはエトリアの中央にある施設へと移動しているのだろう。改めてアリアドネの糸の効力の凄まじさを目撃して、感心する。百キロ以上もの距離を瞬時にゼロとして、一定範囲にいる生命体を町の中央部へと転移させる道具。なるほど、使用と保有に強く制限がかけられるわけだ。これは戦略兵器として、あまりに優秀すぎる。

「こちらだ。付いて来い」

衛兵らがいなくなったのを見計らって、オランピアがグラズヘイムの中央、天高くそびえたつ塔に向けて一歩前に進み出た。入り口は、天井と一部壁が無くなっている開放感の溢れる廊下だ。

先導するオランピアの指示に従って、私たちは後に続く。海蝕洞のごとく自然の力に手破損した天井の廊下を通り抜け、上下に開閉する自動ドアを潜った後、やがてあったのは暗闇の廊下だった。

点々と配備された照明が落ちている廊下は、しかし完全に暗がりというわけではなく、最低限の視界が確保できるよう、廊下の四隅に照明灯代わりに青色の光の線が廊下の隅に沿って引かれている。その仄かな明かりは廊下の暗がりを照らしあげるには不十分であるが、最低限、周囲の地形と、置かれている物の位置を把握するだけならば十分な光量があった。

「少し待っていろ」

オリンピアの目が赤く光り、光線が発射される。おそらくは赤外線だろう。彼女は赤外線を動かして周囲を見渡すと、薄ら暗がりの中を迷わず一人で進み、やがて行き止まりの部分にて止まった。彼女が眼前にある床に置かれた小型の直方体に手をかざした途端、直方体の箱から透明な五十センチ四方の光の板が生じて、空中に浮かんだ。

彼女が宙に現れた光のパネルの上に手を置き、指を動かし操作を加えると、宙に浮いた光の板を文字が流れてゆく。どうやら板は、キーボードとディスプレイを兼ね備えた、空間に投射するタイプのタッチパネルであるようだった。つまり箱はコンソールを収めたPCのボックスか、端末であるというわけだ。

空中に投射されたキーボードを弄りながら流れる文字列を眺めていた彼女は、やがて一瞬だけ少し首を傾げたが、すぐに元通りの姿勢へと体を戻して、キーボードの操作へと戻る。しばらくして、カチンと軽い音がなったと同時に、廊下の天井に一定間隔で配されている電灯が、ラグを生じることもなく一斉に光を発した。

「ぬぉっ! 」
「まぶしっ……」

サガと響が悲鳴をあげる。眩さが我々の視界を一時封じたのだ。やがて余計な光が瞳の中より失せた頃、瞼を開けると、そこには、傷一つない状態で保存されている廊下があった。人の手が入ったのなど一千年以上も昔の出来事であるはずなのに、未だに細部まで破損することなく原型と性能をとどめているあたり、果たしてグラズヘイムという施設はいかなる技術を用いて建築されているというのだろうか。

「行くぞ」

やがて我々の視界が戻ったことを確認したオランピアは、手を招いて私たちを呼んだ。程なくして私たちは先ほど同様のオランピアを先頭とする隊列へと戻り、清潔感のある廊下を進む。

廊下は、一定の清潔と無臭の状態が保たれていた。立ち止まって窓枠を指先でなぞると、多少の埃がひっつくものの、埃の量は少ない。それは果たして、人の出入りが長年なかったからなのか、完全ではなかったとはいえ密閉の状態を保たれていたが故なのか、それとも管理者とやらが清掃を行っていたからなのか。謎は尽きることなく、疑問が次から次へと湧き上がる。

「何をしている。さっさとこい」
「ああ、悪い」

だが疑問も、オランピアの呼び声にかき消されて瞬時のうちに消失する。

―――立ち止まってまで何を考えていたのか、私は

目的は、シンの蘇生だ。グラズヘイムの事情など、どうでもいいことだろうに。

「着いたぞ」

光る廊下を道なりに進み、エレベーターを利用して上層階へと足を運ぶと、黒塗りの扉の前でオランピアは立ち止まった。オランピアが壁面に手をかざすと、壁面より空中投射式のタッチ式キーボードが現れる。彼女の指先がその上で素早く踊ったかと思うと、数回の短い電子音が鳴った。扉のロック解除の音だろう。目の前の扉が上下に自動開閉してゆく。扉をくぐった奥には、もう一枚自動開閉式の扉が設置されていた。

「うわ、さむっ」
「……どうやらこの部屋は周囲と比べて低い温度に保たれているようだな」
「長居はできそうにありませんねぇ」
「お前たちさっさと入れ。冷却システムに余計な負荷をかけるな」

オランピアは抑揚のない声ながらも、多少イラついた様子だ。急かす彼女の要望に応えて、私たちがさっさと中へ足を踏み入れると、後ろの扉は即座に閉じられる。前方の扉は開く気配を見せない。つまり、我々は少しばかり密閉した空間の中に閉じ込められたのだ。

外気温と部屋内部の温度差により霧が生じたが、白い煙は素早く足元の金属メッシュの下へと誘導され、吸い込まれてゆく。自動処置なのか、部屋を再び元の温度へと戻すべく、換気口より冷気が垂れ流される。

「うぉ、なんだ! 」
「きゃぁあああああ! 」
「落ち着け。害はない。単なる消毒と滅菌の処置だ」

密閉された空間の左右と上方向に細かく空いた穴から吹き付けられた風に驚いて、サガと響が悲鳴をあげた。オランピアが冷静に無害を告げ、落ち着くように忠告する。

ダリとピエールは多少この辺りの知識があったのか、体を強張らせながらも、声ひとつあげずに耐えていた。私はというと、部屋の構造から何が起こるのか予測ができていたので、身じろぎせずに清潔な風が停止する時を待っている。

「ついて来い」

やがて浄化の風が収まった頃、管理システムが無菌に近い状態になったことを検知したのか奥の扉は自動的に開き、オリンピアはさっさと暗がりの部屋の奥へと消えていった。我々は彼女の進んだ後を追って凍える寒さの部屋の中を進んでゆく。

「うおっ、さむっ、さむっ」
「騒ぐな。余計に寒くなる」
「ダリは獲物どころか全身金属鎧だから、なおさら大変ですねぇ」

冷気に満たされた部屋の中は、SF映画にでも出てきそうな内観をしていた。まず意識に飛び込んでくるのは、我々のいる部屋中央の廊下を中心として、左右に等間隔で並ぶ巨大なPCボックスの群れだろう。きっかり等しく二メートルの高さであるそれは、部屋の中心を走るこの廊下から一メートルの等しい間隔を保って設置されており、PCボックス列の端、廊下側の壁には、空間ディスプレイが浮き上がっている。

「シンジュクで似たようなものを見た事があるが……、結晶化していない、動作するものを見るのは初めてだな」

ダリが感嘆の声を漏らすと、少し歩を進めてディスプレイを覗き込んだ。私も同様にそれを青く点滅する画面を覗き込むと、ディスプレイの浮かび上がっている場所に対応したPCボックス列の状態を示す数値とグラフが記載されているのがわかる。

また、ディスプレイは数値やグラフの変動ごとに点灯と消滅を繰り返していた。どうやら数値が一定を下回るとエラーを示す表現としてディスプレイが浮かび、一定の基準を満たすと異常なしということでディスプレイが消えるシステムであるようだ。

摂氏華氏を示すCとFがグラフの下に表示されているのを見るに、温度管理のシステムなのだろう。グラフはコンピューターの温度が絶対零度側に近い温度まで冷やされ、部屋の温度が水と氷の狭間を行き来していることを示していた。

「あ……オランピアさん」

冷気と未来感に満たされた部屋の中を突き進んでいると、やがて部屋の最奥にて先行したオランピアの姿を発見した響が彼女の名を呼んだ。オランピアは先ほど暗がりの部屋で電灯をつけた時のように、空中に透明な光の板浮かび上がる空間投射式のディスプレイを見ながらその画面を弄っている。

「うわ、なんだありゃ」
「おおきいですねぇ。画面には人体の簡略図……、その横に流れる文字は……、ハイラガードの方面の文字、アルファベットですね」
「あ、私、読めますよ。ええと、a・n・d・r・o―――あんどろ……、アンドロ……! 」
「お、おい、それって確かシンの……」
「ああ、機械化して蘇生する方法だったはず。ということはつまり……」
「そうだ。お前たちの予想通り、これがアンドロを生み出す機械というわけだ」

オランピアは空間ディスプレイを弄りつつ答える。彼女の指が投射されたキーボードを音もなく叩くたび、画面に文字列が並び、新たなタブが開き、浮かび、システムが更新されて消えてゆく。その度に画面の中、アンドロの設計図に生じている赤い部分が消えてゆく。

「なにしているんでしょうか、あれ……」
「わからないけど、多分、シンの蘇生の用意だろ」

響とサガが小さな声で囁き合う。なるほど、コンピューターなど見たことのないだろう彼らにとって、目の前でオランピアがなにをやっているのかは、皆目見当もつかない状態なのだ。

「データの入力と更新、エラー部分の修正かね? 」

そんな中、おそらく唯一、電気機械の知識を保有する私がオランピアに問いかけると、彼女は少しばかり操作の手を止めた。振り返って彼女が見せる顔は常と変わらないが、多少いつもと違う雰囲気を携えている。おそらく、意外だったのだろう。

「そうだ。通常のアンドロを一体、人格のコアとなるフォトニック純結晶ごと作成するだけなら、本来このような手間は必要ない。通常なら、用意されている人格プログラムはアンドロのボディに合わせて動けるよう調整済みのものゆえ、パターン化された人格プログラムを任意かランダムに適当な数、インストールしてやれば、それだけでアンドロが一体完成する」

一度言葉を区切ると、オランピアは画面へむきなおり、続けた。

「しかし、今回の場合はそうはいかない。なにせ、天然のフォトニック純結晶を使い、内部の光データに秘められたもの読み取って人格を再現するのだ。だからその人格にあった適合する体を用意してやらなければならない。人間とアンドロの体は大きく異なるからな。チューンナップ、デチューン含めた、多くの細かい調整が必要になるというわけだ」

彼女は私の質問に答えると、すぐに私から視線をコンソールとパネルに戻し、操作を再開した。細い指先が踊るごとに、命令が書き込まれ、コードが修正され、上書き保存されてゆく。

「癖のあるソフトには、それに適したハードを用意しなければならないということか」
「そういうことだ。だから今、こうして、シンのデータを元にした修正を行なっている。マシンインターフェイスにラグが生じるというのは、体の大半以上が完全に機械であるアンドロにとっては致命的だからな。元が人間であるとなれば、より気を使う必要がある」

彼女はいうと、ディスプレイから目線を微かに外し、コンソール横にある祭壇のような台座の中央に置かれた筒状の設備へと目を向けた。筒状の設備―――カプセルはちょうど大柄の人間一人が入るくらいの大きさをしており、正面は上から下まで長方体の長い一本ガラスがはめ込まれている。

いかにも映画などで、実験動物や人造人間、ロボットなどが眠っているような外見。おそらくここにアンドロというやつが眠っているのだろう。そうして彼女の目線に誘われるようにして内部を覗き込むと、しかし予想に反して筒の中身は空だった。

「当然だ。それは最終調整が終わったロットを保持して、不具合等の最終確認するためだけの調整槽であり、排出口だからな」

多少面食らっていると、オリンピアが私の思考を読んだかのように、答えてくれた。いつのまにか視線を目の前のディスプレイへと戻していた彼女は、あいも変わらず平坦な態度でキーボードを叩いている。

しばらくして彼女はかぼちゃのお化けの絵が書かれたヘッドバンドを取り外した。すると人間にすれば耳朶と耳孔が存在する部分からは、尖った三角錐型の機械が伸びてきた。彼女の体から飛び出てきた機械が外気に接触した途端、白い煙発せられた。水蒸気だ。

―――なるほど、排熱か

彼女の行動は、体内に溜まった熱を少しでも逃がそうという試みなのだろう。それでも冷却が追いつかなかったのか、オランピアは続けて一旦作業を中断して羽織っていたマントを脱ぐと、背骨と骨盤だけだったはずの腰部から四本の円柱上のユニットを取り出して、耳の伸びた器官の下に取り付けた。

やがて作業に戻ったオランピアの頭部に取り付けたユニットから、白い蒸気が音ともに漏れて、器材の表面に浮かんだ滴が彼女の足元へと落下する。器材と周囲との熱によって、生じた水蒸気と水滴だ。

―――あの円柱の器官は、強制冷却ユニット……か?

続けて高回転でモーターが稼働するような音が、露わになった彼女の体躯より聞こえてくる。シンという人間のデータをフォトニック純結晶から読み取り、アンドロの体として再現するためには、相当の演算処理とエネルギーが必要であることがうかがえる。

また、露わになった彼女の体内では、空っぽだった内臓部分にシンのフォトニック純結晶を収めるための機材が取り付けられ、彼女の心臓近くの部分から端末が伸びているのがわかる。おそらく、あの端末でフォトニック純結晶内部からデータを吸い出しているのだろう。

―――ん?

「ふむ、失礼なことを聞くようだが、オランピア、君、機械の体であり、端末を保有しているのであれば、アナログ的な手段でデータを入力せずとも、端末などから直接、目の前の機械へ送ればいいのでは?」
「できればとっくにやっている。が、二つの理由により無理だ」
「聞いても……?」
「構わない。一つは、私という存在が、深王様がその御手によって一から造り上げられた、独自規格のアンドロであるからだ。それに伴い、私の規格は、深王様の持つデバイス以外に接続することができないのだ」

私の疑問に、オランピアは今度は振り返る事なく、作業を中断することもなく答えた。そうして淡々と述べられた言葉は、どこか誇らしげであるかのように感じる。機械の体の彼女が見せる人間らしい態度から、おそらくオランピアにとって、彼女の制作者である深王という人間は、かけがえのない存在である事が予測できた。しかしふと疑念が湧く。

「なぜそんな不便なことを……」
「一般の規格に合わせて作成すると、乗っ取りが行われる心配があったのだろう。自らの護衛役がいざという時に乗っ取られて、敵対する事態を避けたかったのだと推測できる」

なるほど、共通化は生産の観点から見ればコストダウンに繋がり改良である場合が多いが、機密の管理という面から見れば改悪となる面が多い。彼女を作った深王という輩はそれを嫌って、護衛役の彼女をワンオフに作り上げたという事か。

「なるほどね。……もう一つの理由は?」
「この施設……、グラズヘイムは、外部と隔離する環境での独自運用を目的として建造されているからだ。秘匿を基本として建造されたこの施設は、当然、独自の規格に基づいたイントラネットが敷かれており、外部からの侵入者を固く拒絶する。一般のOSを使用しているものは当然、独自規格のOSを持つ端末が管理者の許可なく接触しようものなら、その瞬間、敵対行動であるとみなされて、施設が排除を試みる可能性だってある」

これまた当然の理由だ。……うん?

オランピア。その言い方だと、この施設の管理者に話を通さず、無許可でこのグラズヘイムの機材を利用しているように聞こえるが」
「ある意味ではその通りだ。なぜだか知らんが、ここの管理者であるマイクは長年、スリープモードでこの施設の管理を行なっている。先程、明かりを灯す際ついでにこの施設を使用するために許可を申請したところ、大した審査もなく、すんなりと通ってしまった。仮にも兵器の生産だ。文句の一つでも言ってくると思ったのだがな。昔はそんな事なかったと思うのだが、現在、マイクは半ば管理を放棄しているようだ」
「……、あとで問題にならないのか? 」
「機械というものは、決められたプログラム通りにしか動かない、動けない。人の手によって組み上げられたプログラミングが肯定した意見を否定するということは、機械にとって、己の存在意義を否定する事に繋がるからな。だから概して融通がきかない。だが、だからこそ、一度申請が通ったものを、わざわざ否定するような真似はしない」
「機械は融通きかないと断言するという割には、君は随分とフレキシブルに私の会話や、この度の事態に対応できているように見えるが」
「私は特別なアンドロだからな。可変を許容する特別な構造をしている。回復スキルの適応ができるよう、脳髄ユニットと周辺組織は人間の有機物に近い成分を含んだ特殊金属にて構成されている。つまり、劣化という現象が人間と同様の速度で起こるわけだ。無論、交換で補填が可能だ。私は完全な無機的機械生命体と違って、変化する有機的機械生命体なのだ―――、その分、通常のアンドロとは異なり、余計な弊害もあったりするがな」
「弊害?」
「……、どうせ後で知られる事か……。有機体があるということは、すなわち、縛りや状態異常が効くという事だ」

その言葉に彼女の体を改めて眺め見る。暗闇の中、光を反射してクリーム色に光るオランピアの体は、たしかに、有機的な生命体のみが保有できる柔らかながらも滑らかな曲線美を描いていた。

古今東西、美しさに国境はなく、美というものはそこにあるだけで人の意識を奪うものである。どうやら彼女を作成した深王という人物は、よほど彼女に対して力を入れて作り上げたに違いないと、私は想像した。

やがて己の体を注視する私の視線に違和感を覚えたのか、彼女はコンソールを弄る手を止めて、私へと視線を向けた。思えば女性の裸体に対して注視の視線を向けたに等しい所業を行ったのだということに気がついた私は、気恥ずかしさから、「なんでもない」と返答すると、彼女は、「そうか」と一言だけ返答して、再び作業へと戻る。オランピアが見せるそっけない対応の中には、恥じらいの感情が含まれているように見えた。

「とにかくマイクに文句があれば、はじめの時点、アンドロを作成したいと申請した時点で言ってきただろう。遅くともシンの身体データを入力した段階でリアクションがあったはずだ。しかし特殊型アンドロのパーツを切り出す段階になっても、マイクからのアクションは返ってきていない。施設の維持と承認の許可はやるから、あとは勝手にやってくれと言わんばかりの放置っぷり。人間風に言えば、ここの管理者であるマイクは長年の間、へそを曲げた状態だ。理由はわからない」
「なるほど。ところでそのシンの身体データとやらも、フォトニック純結晶の中に入っていたのかね?」
「それもあるが、シンとかいう男の検死官でもあるサコとかいうメディックの女から提供されたデータも含まれている。……よし、更新は済んだ。エミヤ」

私との会話に逐一付き合ってくれていた彼女は、唐突に私の名を呼んだ。

「なんだ」
「コンソールに手をかざせ。グラズヘイムなどの過去の施設で、機材を利用して高度な機械を生産する最終段階の暁には、過去、変異前の人間の遺伝子情報が必要不可欠だ」

オランピアの指差した場所へ視線を移動させると、先ほどまで彼女が操作していたディスプレイの前方の空中には、線にて区切られていた透明な四角い領域があった。おそらくあそこに手をかざす事で、遺伝情報のスキャンを行うのだろう。

「また、なぜ、最終ロックだけ承認が必要だという、そんな方式を……」
「お前は文句が多いな。お前はいちいち書類申請をしてあちこちをたらい回しにされた挙句、最後の最後で却下されてご破算になり、一からやり直しになるという面倒を味わいたいのか? 道具の用途を正しく知らない人間が、偶然その生産方法だけを知った時、その後道具を正しい用途で使ってくれる可能性がどれほどあると思う?」
「なるほど、責任の集約と、手間の処理、誤動作防止のための措置か」

納得した私は、空中に浮いた透明な画面の承認コンソールに手を合わせる。すると、赤い光線が上下左右から手を包囲し、やがて通り抜けていった。四方より出た線が領域の端に接触した途端、すかさず画面は緑一色に切り替わり、承認が済んだ事を告げてきた。

「うぉ! 」
「な、なんだ!?」
「わ、私は何もしてませんよ!?」

直後、周囲の機械が慌ただしく動き出す。ダリとサガと響の三人は驚き、周囲を見渡した。ただ一人、ピエールだけは事態を正しく把握できていたようで、祭壇に似た施設の中央に置かれた筒の目の前に立ち、真剣な顔で筒の表面のガラスの向こう側を見つめている。

「気にするな。オーダーメイドのため、PP/プリプロダクション用の金型に多少変更処理をかけているだけだ。すぐに揺れは収まる」
「プ、プリ……?」
「設計などの畑では試作量産という意味だな。シンのボディ製作が出来上がる……、前段階の前段階というあたりだな」
「MP/マスプロダクションの必要はなく、1、2をすっ飛ばすのだから、完成の前段階だ」
「……だ、そうだ」
「???」

響は私とオランピアの、過去世界の工業知識がないとついていけない会話に大量の疑問符を浮かべている。さて、どこまで説明すれば理念を理解してもらえるだろうかと頭を悩ませていると、やがて大音量を撒き散らしながら稼働していた機械は落ち着きを取り戻し、静寂な環境が戻ってくる。―――そして。

「―――出来たか」
「―――あ……、あぁ……」

しばらくしてオランピアが呟いた直後、ピエールが張り付いていた円柱上の管の中から、ガコン、と大砲の弾を装填するかのような音が聞こえたかと思うと、ピエールが感極まった声を上げてカプセル表面のガラスへと張り付いた。

「シン……、シンが……、そこに……」

ピエールの言葉はすでに涙声で掠れている。常に飄々とした態度で楽器を手に、皮肉げな言動を保つ彼が、恥も外聞も忘れて弱々しく呟き、カプセルの表面のガラスに張り付く姿には、不覚ながらも少しばかり胸がうたれる思いがした。

「お、おい、ピエール、俺に見せろよ! 」
「ピエール、少しばかりずれてくれないか?」

サガとダリが、口々に言いながらピエールをどかして中を覗き込もうとするが、ピエールはカプセルの前から退こうとしない。おもちゃを前に踏ん張るようなその仕草は、まるでその場から一歩でも動けば、シンが再びいなくなってしまうと思っているかのようにも見えた。

さて、どうしたものかと見守っていると、男三人ながらに姦しく騒ぎ立てる彼らから一歩引いた場所から、響が彼らの醜態に向かって目線を向けている。いや、違う。彼女は、まっすぐな目で、彼らのその奥―――シンの体があるという場所を見つめて、そこに意識を集中していた。以前、彼女はシンの死に対して、酷く悲しんだ態度を見せていたことを思い出し、少し疑念が湧く。

「君は、見たいと思わないのかね?」
「ええ……、あ、いや、そういうわけではないんですけれど……」

少しばかり意地悪い質問を投げかけると、彼女は最初にはっきりとした断言をして、しかし戸惑った態度で手を宙に彷徨わせた。目的なくふらつく小さな手は、自分でもどうして彼らのように駆け寄り顔を確認しようとしないのか判断しかねている彼女の心情を表しているかのようだった。

やがて手の行き所をスカートの丈に定めた響は、混乱する意識の中から己の意思を選び取ったかのように布地を固く握りしめると、一度固く唇結んで、口を開く。

「不安なんです」
「―――不安?」
「はい。でも、その不安が何かわからないんです。悩んだ端から、大したことない悩みのように思えて、消えていく。モヤモヤしたものが生まれたと同時に、そんなもの大したことない気分になるんです。だから、自分でも何が不安なのかよくわからないままなんです」
「ふむ……」

冷たい空気の中、発せられた言葉とともに吐き出された吐息は、まるで響の心情を表すかのように口元を白く曇らせる。不安の兆した顔には、真剣さが含まれている。響が胸の裡を耳にした時、心に引っかかるものを感じた。

―――たしか私も……

何か、悩みがあったはず。だが、それは思い出せない。いな、思い出す価値もないと思い込み、記憶の扉が開かないのだ。言われてみれば、この感覚。目的の記憶が目の前にあるのに、無理やり意識を逸らされているこの感覚に、私は覚えがあった。これは―――

―――認識阻害?

「響―――」
「じゃれ合うのはそこまでにしておけ。最終調整も終わった。あとは槽より体を取り出してフォトニック純結晶体をはめ込むだけだ」

響へ質問を重ねようとした瞬間、オランビアは、私たちを押しのけると、カプセルの表面にはめ込まれたガラスの前でごちゃごちゃとやりあっている三人を機械の体が持つ膂力と腕力を用いて無理やりどかした。

「開けるぞ」

宣言とともに、オランピアはカプセル横にあるボタンを押す。すると、前下側にスライドして微かに斜めであったカプセルが、上にまっすぐ持ち上がった。やがてアラートが鳴り響き、アナウンスが流れ、そしてカプセル前方の扉が持ち上がる。

「ぬぉ!?」
「な、なんだぁ!?」

すると途端、大量の白い蒸気が解放された隙間から飛び出してきて、あたりを薄く包み込んだ。我々は生ぬるい湯気に視界を奪われ、周囲の様子が詳しく伺えない。だが、水分の蒸発する音がカプセルの内側より聞こえてきたことから、おそらくこの現象は、組み上げられた直後のシンの体は、接合だか溶接だかによって高温を帯びていて、蓋を開けた際、瞬時に周りの冷たい空気に冷却された結果なのだろうと推測する。

私たちが蒸気に翻弄される中、ただ一人、オランピアだけは平然と湯気の中へと体を突っ込み、シンの体のそばに近寄った。煙の向こう、彼女が自らの骨盤の上から発光するフォトニック純結晶体を持ち上げると、目の前に差し出す。石はシンの体の胸の奥へと格納され、青く光っていた石は赤の光を発するようになった。

「……エミヤ。ハマオをよこせ」
「ハマオ? いいが、なぜ?」
「熱と冷気の温度差で多少装甲表面にダメージが生じている。調整した際にエネルギーも微かに減ったようだ。問題ないと思うが、初回起動の際には万全の状態にしておきたい」
「了解だ」

多少蒸し暑い白煙の中を進むと、すぐに目的の場所までたどり着く。オランピアの横にあるシンの体は未だに煙で薄っすら隠されているが、その輪郭には確かに彼の面影があった。

私がハマオを取り出すと、オランピアは顎でシンの体に振りかけろとのジェスチャーを私によこしてくる。素直に従って彼の体にハマオをふりかけると、回復光が生じて、さらに煙が濃くなった。そして回復光が収まると―――

「―――起動を確認。さぁ、前に出てみるがいい」

そしてシンの台座からオリンピアと共に身を引いて、白い蒸気幕の中から抜け出すと、二人揃って身を横にずらす。すると薄れてゆく白煙の一部が盛り上がり、モーターやアクチュエータの稼働音が聞こえてきた。

「―――ふむ、私はたしかに死んだと思ったが」

声は多少電子合成音声の特徴があったが、その物言いには覚えがある。その場にいる誰もが動くことなく、彼の登場を待っている。やがて彼の全身を覆っていた煙が薄れるより前に、煙の向こう側の彼は、一歩を踏み出すと、カプセルの内部から軽く跳躍して、地面へと降り立った。軽く金属音が鳴り響く。

「―――こうして皆の顔が揃っているのを見れるあたり、どうやら私は死にぞこなったようだな―――。どうした、揃って涙を浮かべて」
「おぉ……、お、お、おぉぉぉぉぉ……」

シンの惚けた声に、誰かが崩れ落ちた。ピエールだ。彼は神の子が復活した場面を目撃した信徒のごとく、意味のない言葉を発して顔を両手で覆って、地面にへたり込む。手のひらで覆い隠した向こう側からは、すすり泣きと、乱れきった呼吸の音が聞こえてくる。もはや彼の口は、意味のある言葉を述べることができない状況になっていた。

「シ、シン……」
「そうだ」
「シンだよな?」
「いや、生きているが」
「は、はは……」

サガはダリとシンとの問答の末、小さな体に全身の力を溜めてしゃがみこむと、直後大きく足腰の力を解放して飛び上がり、全身で喜びを表す。

「やった! シンが蘇ったー!」

グラズヘイムのとある施設の中に随喜の叫びが響き渡った。そして―――

「へ?」

その時だ。オランピアの体から、大きなアラートが鳴り響いた。彼女は胸元より機械装置を取り出すと、部屋の入り口まで駆け出した。やがて彼女は二重扉をあっという間に通り抜けると、その先にある窓枠によると、開閉できる場所を見つけ、耳のアンテナを伸ばした。

オリンピア! どうした!」
「緊急のコールがシララより入った。いざという時のため、シララとクーマには私との連絡端末を持たせていたのだが―――シララ、どうした」
『墓地から掘りだして検査していたシンの死体が突然起き上がって、どこかに消えた……』
「シンの死体が動いて、……消えた?」
「……は?」

オランピアの口から漏れた言葉に、私は酷く驚いた。どういう事だ? シンの魂とも言えるフォトニック純結晶体は、こちらでアンドロ化したのだろう? ならばなぜ、魂を失った死体が動き出す? まさか魂魄のうち、三魂だけを別の体で蘇らせたが故に、三魂失った七魄の体が、魂を求めてキョンシーと化して動き出したとでもいうのだろうか? 意思もないのにか?

「意味がわからん……、なぜシンの体が動いたのだ……」
「知れたこと。貴様らがやった行動は、奴を呼び起こす鍵となり、エトリアの墓地にあるシンという男の体を得て、復活したのよ。奴は遠い過去、すでに消えて失せた民族との契約をどうにかして果たすため、動き出したのだ」

呟いた疑問に、ご丁寧にも答えてくれた男にしては甲高い通る声を聞いて、胸を鷲掴みにされる感覚を味う。全身が逆毛立つ。弱い人間は自分よりもはるか高位の場所にいる存在が目の前に現れた時、生存のための一縷の希望を見つけ出すべく、全力で防護と逃走を意識し、意識は自然と敵の行動の一挙手一投足に注目するようになるのだ。

やがて、この予感よ、どうか当たってくれるなと思いながら振り向くも、声のあった場所、廊下の向こう側の曲がり角にかつての宿敵の姿を見つけて、自然と脳の血の巡りが早くなった。金色の髪をなびかせ、優雅にレザーのジャケットを着こなしたそいつは、私どころかこの世の全てを睥睨するかのような視線を私たちの……、特に私へと向けて、心底愉快だと言わんばかりに笑みを浮かべていた。

「き、貴様は……」

その整った顔立ちは、かつて金星の女神イシュタルをも魅了し、あらゆる財を己が宝物庫に収め、三分の一が人、三分の二が神であるという体を持つという男。かつて過去の時代、全ての神話や伝承の源流となったと言われる、古代バビロニア叙事詩に名高い英雄王。

そして、第五次聖杯戦争において、言峰綺礼とともに暗躍し、アンリマユを完全解放する直前まで、私らの陣営を追い込んだその男の名は―――

ギルガメッシュ! 」
「いかにも」

名を呼ばれた奴は、鷹揚に頷くと、一歩進み出た。奴の何気ない歩みは、しかしそれだけで周囲の空気を軋ませる。緊迫の空気を生んでいる張本人は、しかし涼しげに数歩踏み出すと、両腕を組み、踏ん反り返った姿勢で、私たちの方へと視線を向けてくる。

「―――恐れ多くも我の真名を違う事なく告げた点だけは評価してやろう。だが、頭が高いな。天上天下において唯一の存在たる英雄王の我を迎えるからには、頭を地に擦り付け、這い蹲り、我が身から言葉かかるまで目線をそらすのが誠の礼というものであろう? 」

どこまでも傲慢に言ってのける奴は、間違いなく、あの英雄王だ。すらりとした長身が纏っている魔力の量が少なくみえるのは、奴のなんらかの宝具の効力か、それとも、まだ私を、全力を出すに値しないと油断しているが故か。

「かつて聖杯戦争において我が額に贋作を叩き込んだ無礼と合わせ、本来ならば百度死に値する刑を執行しようと拭えぬ無礼であるが……、貴様は数千年ぶりに愉快な供物を我が眼前へと持ってきた。故に我は寛大にも貴様の功罪を帳消しとし、一旦は貴様の無礼を許そう。―――久しいなフェイカー」