うさヘルブログ

気持ちの整理のために開設。うさまるとデスヘルが好き。最近は、気持ちの整理とダイエット報告がメインになってきています。

世界樹の迷宮 〜 長い凪の終わりに 〜 第十話「悲しみは留められなくて」

世界樹の迷宮 〜 長い凪の終わりに 〜

第十話 悲しみは留められなくて

とても悲しいんです、明日も泣かせてください。
どうか、この気持ちを奪わないで。

幼い頃から、小さい身体のせいで人より体力がなかった。人一倍頑張って人並みなんてことはざらだった。ただ、別にそのことを責めるやつがいなかった。誰もが優しく、仕方のないことだと俺を笑って許してくれていた。その優しさが「お前になんて期待していない」っていう宣言に聞こえて、いつだって俺は腹を立てていた。みんなが優しいから次の日には忘れるくらいのどうしょうもないものだったけれど、たしかにあれは怒りという感情だった。

期待されないっていうのは、案外辛い。立派な目標を掲げて、達成できなくっても、返ってくるのが許容の言葉ばかりだと、気が狂いそうになるくらい悔しかった。お前には出来なくて当然だ、っていう言葉に聞こえるんだ。ただ、それを素直に述べると、あの優しい人たちを傷つけてしまうだろうな、と思える程度には、空気の読める人間でもあった。

だから何も言わない。言わないで躍起になって、もっと高い目標を立てて、そして当然のごとく失敗する。そうしてまた慰められて、腹をたてて、そして次の日にはそれを忘れる。いつしか俺は、高い目標を掲げては未達成に終わるのが当たり前になっていた。熱し易く冷め易い。気がつくと俺は、自分が一番信用できない人間になっていた。

それがとてつもなく嫌だった。自分を信用出来ない自分も、そんな自分を受け入れてくれる環境も、とにかく全てが嫌だった。優しさに溺れて腐ってゆく。漫然とした日々の中で、ある日ふと思った。このままここにいたらダメになる。とにかく、もう後のないような所で発奮しないといけない、と思った。だから冒険者を選んだ。

冒険者ってのは、一歩間違えば命を落とす危険な職業だってのはわかってた。だから、選んだ。人一倍頑張って、ダメならそこでバサッと、諦めさせてくれる存在がいる。そう、言ってしまえば、俺が冒険者になるっていうのは、遠回しな自殺を選んだだけだった。

登録をした後、三竜の素材が欲しいなんて口にしたのに理由なんてない。ただ、三竜なんて言葉が出てきたのは、まぁ、それくらい言っておけば、迷惑かけても問題ない仲間と組ませてもらえると思ったのと、直前に有名なシリカ雑貨店で実物を見たからだろう。

そんとき、ゴリンは、ふぅん、と言って、興味なさそうだったから、ああ、失敗したな、くらいには思ったかな。そしたらあいつは、ちょっと待ってろと言って、ギルド長の部屋から出て言った。

その後だ。シンと出会ったのは。部屋を出ていったゴリンは割とすぐに戻ってきて、シンを連れてきて、「お前と同じく三竜討伐を口にしたバカだ」とか言ってたっけか。俺は、ああ、こいつも冗談に失敗した口か、と思って、まぁ、適当な言葉をかけてやろうとして、その隣にいたあいつの目を見て、結局何も言い出せなかった。

なんていうか、あいつはただまっすぐだった。難しい目標を当たり前のように掲げて、一心に曲げない。難しい事に挑むのが、当然って顔で、ただまっすぐこっちを見ていた。ゴリンの横に立っていたあいつはズカズカとやってきて、目をキラキラと輝かせて、言った。

「これからよろしく」

その、俺のことを同じ目的を持つ同士と信じてやまない目を曇らせるのが怖くって、断ろうなんて気になんてなれなかった。今でもそのことは間違いじゃなかったと信じている。多分その時からずっとサガという人間は、シンという男のまっすぐなあり方に惚れていた。

「あ、……………と…」

言いきらず、シンが目をつぶった。その顔は安らかで、まるで。いや。間違いなく。

「―――おい、おい。嘘だよな? 」

死んでいた。体を揺さぶるもなんの反応も返ってこない。こいつがタチの悪い冗談をつけるような人間でないことは、俺がこの場にいる誰より知っている。だって、俺はこいつとエトリアで初めて出会った相棒なのだ。

「おい、おい、おい! 」

体を大きく揺すった。首が上下左右に大きく揺れる。その動きに意思は感じられない。瞑目した瞳を思いきり開く。瞳孔が拡散していて、光が入ったというのに一切の反射が見られない。その様に腹が立って胸を叩いた。拳の先から伝わって来るのは、解体した動物の生肉を叩いた時のような、命の失せた肉独特の、柔らかく、抵抗のない、気持ちの悪い感覚。

だがまだ暖かい。それだけは救いだった。この拳から伝わってくる感触が、彼の命がまだそこにあるような感覚を肌身より与えてくれる。この薄くしっかりとした胸板を撫でてやれば、生き返るのではないかと思い、拳を開いてシンの胸に手をあてて、そして絶望する。

心臓が動いていない。こんな現実あってたまるものか、と、砕けそうなほどに奥歯を強く噛み締めて、胸に拳を振り上げて思い切り力を込めた。掌に爪が食い込む。肩から先が落ち着きを忘れたかのように激しくぶれている。

「―――っああ……っ!! 」

そしてそのまま真下に振り下ろして、地面に思いきり打ち付けた。血と泥が弾けてあたりにいる人間の服を汚す。鈍い衝撃と鋭い痛みが同時にはしった。持ち上げると指の背の皮が砂つぶとの接触に耐えきれずいくつもの擦過傷が出来ている。

痛みが余計に昂ぶった感情を苛立たせて、俺は思いきり地面を殴りつけた。汚泥が舞うがそんなことは知った事でない。次から次へと湧き上がる持って行き場のわからない感情を発散してやるべく、駄々をこねる幼子のように連続して地面を殴打する。

「――――――っ、ぁ、あっ…! あっ! ああっ……! ああああああああ……!! 」

わからない。なぜシンが死んでいる。死んでなどいるものか。いや、死んでいるとも。嘘だ、デタラメだ。そんな事は信じない。信じなくとも真実だ。なんなら鬱憤のぶつける先を奴の体としてやるがいい。死んでいないのなら存外その一撃で起きるかもしれないぞ。そんなことできるものか。必死で戦って俺らを守って逝った男の遺骸だぞ。そんな尊厳を貶すようなことできるわけないだろう!

―――ああ、なんだ。お前、認めているじゃぁないか。
―――何をだ!
―――その男が死んでいるということをだよ

「…………っ! 」

理性は現実を指摘する。感情は必死に現実を否定する。しかし今、感情は理性に矛盾を指摘され、目を逸らしていた事実に直面させられた。振り上げた拳が止まる。指の皮はズル剥けて血と泥に塗れている。息が苦しい。胸が圧迫され、肺は空気を求めて必死で呼吸を試みるが、肝心の命令が筋肉に届いていない。

脳は痛みを訴えて拳の治療を命令する。脳は呼吸の再開を命令する。本能は冷静に、目の前の現実を受け入れて、自らが生きるための活動を行えと、命令を出す。その冷徹さが気に食わなかった。目の前で親友が死んでいるというのに、己のことを優先にするその根性が癇に障った。

「―――っくしょぉおおおお……!! 」

最後に思いきり振りかぶった拳を地面に振りおろすと、肺の中の空気を吐ききった。拳の勢い泥の摩擦の少なさに負けて、体が地面に向かって傾く。そこまでだった。頭がかっと燃えるような熱さを帯びたかと思うと、視界がぼやけて黒く染まる。

消え失せてゆく視界が最後に捉えたのは、シンの力の入っていない両腕が出鱈目に投げ出された姿を見かねたピエールが、彼の腕を組み直し、瞼を閉じた状態へと整える場面。

―――シン。俺が悪かったよ。手荒にしちまってごめんな。ピエールも、ありがとうな。

そんなことを考えた瞬間、頬が冷たさと生温さを感じ、意識は闇に消えていった。

シンは本当に純粋だった。三竜討伐を目指して、本当にまっすぐだった。あいつにはいうだけの才能もあった。あいつは出来ると思うと突っ込むタイプで、本当にやってのけるタイプだった。ただその分、俺らに求める目標も高くって、ダメだと思うと割と素直にダメというやつだった。

自分でもダメだと思ったところをダメだと指摘するやつは初めてだった。俺はその今まで誰も向けてくれなかった言葉が嬉しくて発奮した。自分をきちんと見てくれるやつだと思った。才能が無いなりに、必死で食らいついていこうと頑張っている時が一番幸せだった。

唯一シンの欠点は、人の気持ちに疎いところだった。それを指摘してやれるのがちょっとばかり優越感を感じる出来事だった。そうして空気の読めない発言をするあいつをやり込めるのは、すごく気分が良くなれた。あいつがそうしてそうだったのか、というって頭を下げてくれるのが、内心、すごく嬉しかった。

ああ、ごめんな、シン。俺がこんなんだから、お前を死なせちまった。才能ないのに、冒険者なんてやってから、お前に迷惑かけちまった。ごめんな。悪かったよ。お願いだから戻ってきてくれ。シン。

頼むよ。

頼む。

シン。

出会った時は気づきませんでした。シンは特別でした。あれは、天才という部類の人間です。強すぎて、並び立つものがいない人間でした。誰も彼を追いかけない。そんな彼に追いつこうと必死だったのが、唯一サガでした。

サガが必死で食らいつく。それでも追いつけなく、でもサガは己のダメな部分をはっきりと指摘するシンの横にいて、不貞腐れたように文句を返していましたが、それでもサガは嬉しそうにその隣に並び立とうと努力していました。才能という点でも、性格という点でも、彼らはいい凸凹コンビでした。

シンとダリは決定的に反りが合いませんでした。シンが無茶を邁進しようて、ダリがそれを首根っこ掴んででも止めようと立ち塞がる。ブシドーとパラディンという職業面で言えば、互いの能力が恐ろしく噛み合う二人は、性格面ではまさに水と油という程でした。

ただ、彼らは二人とも互いのことを認めていました。ダリはシンの能力についていける稀有な能力を持つ人間だったのです。彼は才能を補う経験を持っていました。ダリとシンは互いのやり方を嫌いながらも認め合い、いざとなればその相手のやり方にぴったりと息を合わせることのできる、矛盾を形にしたかのような関係でした。

シンが鬱屈としたものを抱えているとわかったのは、響という少女を連れてきた後、エミヤという男が一層を攻略した時のことです。彼は、その時からかつて出会った頃の彼に戻り出しました。二年という長い時間が彼のことを変化させていたのだ、ということに、私はその時初めて気がつきました。

彼は自分より先に迷宮を攻略されたのに嬉しそうでした。目的が遠のいたのに嬉しそうでした。自分より上位の存在の出現に瞳を輝かせていました。そのとき瞳は、初めて迷宮に潜る際、彼が見せたもので、なんとも純粋な色をしていました。私は初めて、彼がずっと孤独を抱えていた人間だということに気がついたのです。

あとは記憶から彼の言動を思い返すだけで、私は彼の抱える闇は簡単に気がつきました。彼という純粋に見える人間にも、別の顔があるのだな、と思うと、そんな秘密を私だけが知っているということが、さらに私の胸を高鳴らせました。その時、私は改めて、私はシンという男を好きなのだな、と思わされたのです。

赤く燃えた様な樹木が鬱蒼と地面に波濤を作る中、静寂な空間を引き裂いて、サガの咆哮が響いています。大小安定しない音には、返せ、シンを返せと痛切に叫ぶサガの心中に響く無言の叫びが。乱れた音階には情の様々が現れていて、なんとも悲しい鎮魂曲を奏でていました。

サガの悲痛な号泣の様子は私を冷静にさせました。サガがシンの体を揺らし、死を認識したのち、喚いて叫んで地面を殴って繰り返しています。咆哮と号泣より伝わる悲嘆に共感するのが辛くて、目を逸らすと、シンの体が悲惨な状態になっていることに気がつきました。

白くなった体は、両の瞼が開いているとも閉じているとも取れない状態で、両腕はそれぞれあらぬ方を向いています。その壊れた人形のような様はいかにも命の喪失を想起させ、不憫をと思いました。だから、せめて全力で生き抜いた男の死に様としてふさわしい様に戻してやろうと考えたのです。

シンの尊厳を守る。それを目的として、私は泣きじゃくるサガと両手に持った剣を地面に向けて呆然としている響の間を通り抜けて彼に近寄りました。彼の骸の頭部部分へ回り込むと、楽器を地面に敷いた布の上に下ろし、その頭部に触れ、そして肩を持って持ち上げ、正しました。

力の入っていない人間の上半身は、それなりに重いものでした。斜めに傾いていた彼の体を直線に整えてやると、乱れた髪を整えて、中途半端に開いた瞼をきちんと閉じてやり、あらぬ方向に曲がっている腕と指先を取ると、胸の上で指を絡ませ、両手組ませてやりました。

ようやく彼はきちんと尊厳を持った体裁を取り戻します。顔をじっと見ていると、今にも起き上がってきそうな笑顔を浮かべる彼は、しかしやはり物言わぬ骸のまま横たわっています。ああ、死んでいる。そこで私はようやく、シンが死んだのだという実感を得ました。

彼の死を悼んで、彼の生き様を振り返って、思わず涙を流しました。彼の目標に向かってまっすぐと進む姿は、私にとって頼れる指針そのものでした。彼と一緒にいれば、まだ見ぬ世界を見ることができる。彼は私に最高の刺激を与えてくれる、無二の親友でした。

サガとの凸凹っぷりも、マギとアムにだけは頭の上がらない様子の彼も、ダリとの反りの合わなさも、響という少女とのドタバタも、エミヤという男に憧れる彼も、その全てが、かけがえのない、日々でした。

――――――だ、だから、わ、わたしは、こ、こ、こんな、こんな。

「こ、こんな、……っ、ところで、まだ、っ……ひっ……う、もく、もく、も、もくてきの、あ、さ、さんりゅうもたおしてないのに、ま、ま、まんぞくげに、いく、なんて……っあ」

帽子を伏せて、顔を隠します。痛んだ声帯はそれでも彼の死を悼んで、掠れた声を絞り出しまて、嗚咽が止まりません。滔々と溢れる涙はとめどなく頬を伝って彼の顔元に垂れました。水滴が彼の顔に落ちると、彼の汚れた顔を伝い涙は流れて行きました。

どうか今一度と立ち上がってその無礼を怒ってくれと祈っても、蘇るのはシンと迷宮を旅した日々の追憶ばかりで、彼は横たわったままピクリともしません。しかして悲嘆に染まる脳裏に浮かぶ記憶の中では、彼は誰よりも早く戦場を自在に駆け回って敵を斬り伏せ、そして、いつもの様に不遜に笑って見せるのです。それが一段と追憶を色付けて、胸に痛みを呼び起こすのです。

記憶と痛みに顔を隠していた帽子を浮き上がらせると、彼の死に顔が目に移りました。閉じたその瞳の奥にあった純粋さと潔癖な部分が生む、真っ直ぐな視線。自分が下手を打っても当然別のメンバーが尻拭いをしてくれると信じてやまない感性は、性格も性質もバラバラな私たちを強く結びつける硬い絆の象徴でした。

移ろいゆく世の中でも不変を貫こうとする強さを彼は持っていました。このままいつまでも、変わらぬ彼の側で活躍を見続けることができるのなら、それはなんて幸せな日々なのだろうと懸想していました。

しかし、今、もう、彼はいなくなりました。強かった彼は地面に臥してしまい、真の意味で永遠に変わらぬ存在になりました。零れ落ちた精神は天に帰りました。やがて肉体も地に帰るのでしょう。見上げると、あたりを照らす光量が徐々に減り、夜の闇が到来しつつあることに気がつきました。

世界はシンがいようといまいと変わらず時を進めて、空の色を刻々と変化させてゆきます。そろそろ太陽と月が役目を交代する時刻です。私は太陽のことは嫌いでないですが、全ての影を白日のもとにさらけ出してしまう太陽の光が好きではありません。

変化の中で不変であろうとする存在は好きですが、真に不変なものは嫌いなのです。

煌煌と輝く強い光は、いつも完成したパズルの様な完璧さを見せ付けます。雲があろうと、地面を端から端まで照らすことを可能とする太陽の光の強さはかわることはありません。永遠に変わらぬという存在であるという不遜さが、私は気に食わないのです。

対して月とその光、そして、太陽と月の二人が主役として舞台に上がる、この茜色のあやふやな瞬間を好んでいます。不変の存在であるはずの太陽の光がしかし、力を使い果たして舞台を月の光に明け渡します。

月の光は頼りなく、雲がその姿を遮った途端、地面は闇の中に消えてしまいます。その、なんとも頼りなく弱々しいけれど、しかし姿を表した瞬間、意地でもはるかのように天と地を明るく照らしてやろうと儚く光る強情さが、素晴らしいと思うのです。

例えて言うなれば、シンは月で、シンの足跡は月の光でした。私たちは彼の照らす光に従って歩く旅人だったのです。彼の放つ光は弱々しくともすれば見失ってしまいそうな程のものでした。

しかし、だからこそ、旅人である私たちも積極的に光を見失わないよう努力をし、そして彼と私たちは彼の照らす仄かに明るい未来の地図を辿ることで、迷宮という暗闇を踏破して来れたのです。彼と私たちの間には、確かな協力関係がありました。

しかしそこに、エミヤという太陽が現れました。太陽が光で全ての場所を露わにするように、彼はその確かな実力を持って、単独にて新迷宮へ挑み、番人を倒し、地図を作りあげました。そう、いわば彼は完成した地図なのです。

その地図を見てしまったが最後、もうそれ以外の答えは得られないと周囲の人間を納得させてしまう完璧で絶対的なものでした。それほどまでに彼の実力は隔絶しており、出した結果は非の打ち所がない理想的な功績でした。

実力と功績に遠く及ばぬなら諦めてしまうのが凡人の性分ですが、しかし我々の中でも飛び抜けて高い才能と実力を持っていたシンという月は、強情っぱりの彼は、己もその高みに登りたいと望みました。だからこそ、番人討伐の共同戦線をあれほど拒んだのでしょう。

シンはエミヤという男に憧れていました。エミヤという男が、どんな実力で、どんな戦い方で、どのようにしたら単独で迷宮に潜ろうと考えられるのかを知りたがっていました。単独での迷宮攻略を試みて結果を出しただけの彼に罪はありません。弱かった私たちに、彼がいなければ先の番人戦でただ無残に殺されていただろう私たちに、文句を言うことなどできません。

ありませんし、できませんが、それでも、それでも、なぜは彼はそこまで強く、私たちが五人がかり倒せる番人を一人で倒せる実力がありながら、それでも、なぜ、シンを助けてくれなかったのかと思うのを止めることはできませんでした。

八つ当たりでしかない感情の名前は、理不尽極まりない身勝手な憤怒。エミヤという恩人に対してそのような感情を抱くなど、彼に憧れたシンが誰よりも望まないことはわかっていながら、しかし、私は輝かしい功績と高い実力を持つ彼に醜い感情が溢れてきます。

醜い。あまりにも醜い。こんな刺激はいらない。だれか。こんな私に罰を与えてほしい。

ああ、シン。どうか、出来ることなら、もう一度起き上がって、この不甲斐ない私を殴り飛ばし、叱りつけてください。切に願ったところで、死人は蘇る事など無く、私はシンが永遠に失われてしまった事実に、涙と嗚咽をあげて哀悼を捧げ続けていました。

ああ、そうだ。この胸を裂く痛みが薄れて消えてしまう前に、せめて今回のシンの活躍を見た際に感じた想いに、歓喜の感情を乗せて、歌に残しておかないといけない。どれだけ胸を裂く痛みだろうと、このままだと明日にはこの悲しみは、色褪せて鮮やかさを失ってしまうのだから。

あの男が死んだ。私をこの道に引きずり込んだ男が死んだ。彼の三つに切り分けられた体が一つになり、息を吹き返したのを見てしまったためか、未だに彼が死んだという実感がない。いや、違う。死んだという確信はあるのに、その事実を淡々と受け止められてしまっている。

うつ伏せに倒れこんだサガを仰向けにしてやると、シンの遺骸の前に進み、手を合わせて冥福を祈る。祈りをすませて立ち上がると、他のメンバーの様子を見て立ち上がる。普段は飄々としているピエールも流石に仲間の死は堪えたようで未だに嗚咽が続いており、響は口を開いて呆然としたままだ。気持ちを整理する時間も必要だろうと、目線を切って立ち上がる。そうして槍盾を構えて両の足で大地にしっかりたつと、周囲を警戒する。その挙動を取った時、己があまりに冷徹な対処を取っている事に驚いた。

悲しいのは悲しいのだが、彼らほど過剰な反応を見せられるほど、気持ちが湧き上がってこない。ああ、死んでしまったか、と残念に思い、悲しいと思うだけ。死んでしまったものは戻らない。そう思ってしまう自分がいる。そう理解して、取り乱すのをやめた自分がいる。

私はサガやピエールの様に外聞も何も捨てて泣き喚き取り乱す程、響の様に、呆然と思考停止の状態で固まる程、彼の事を親しく思っていなかったという事なのだろうか。そう考えると胸が痛い。

去来したのはのは疎外感だ、自分だけが彼らと違うという事実はたまらなく自分の裡を刺激した。ああ、私は自分の事はこんなにも哀れむ事ができるのに、人の死に対して何故こうも希薄にしか反応できないのだろうか。己を哀れと思う気持ちは自らを余計に惨めにする。

「君は冷静なのだな」

エミヤという男が尋ねてくる。そういえば、彼だけはシンの死に対して過剰な反応を見せていない。共に過ごした時間が短いためだろうか。もしや彼も他人に情を抱きにくい人間なのだろうか。

「そうだな。自分でも不思議なくらいだ。涙の一つでも出るかと思ったが、そんな事もない。悲しくないわけではないのだが、あそこまで大業に反応ができない」

己に対して情けないと思うたび、去来する胸を刺すような痛み。こんな風に自分ごとでしか悲しみの感情を生み出せない自分がなんとも惨めに思えて、泣きたい気持ちになる。その泣きたいと思うのすら、自分のためだと思うと、余計に惨めになる。

―――ああ、ほんと、なんという無様さだ。

「……なるほどな。……ダリとか言ったか。君、元々は別のギルドに所属していたか、あるいは冒険者でなく、医者とか、兵士とか、墓守とか、そういう職種だっただろう? 」
「……確かに私は以前エトリアの衛兵だったが、どうしてそう判断した? 」
「冷めている、というより、割り切れている風に見えたからだ。誰かが死ぬという事態に死に慣れているからこそ、親しいものが死んでも割り切った態度が自然と取れてしまう。多分、君は彼ら以上に人死に接してきたのだろう。人死には残念と思っているが、喚いたところで死人は蘇らない。このエトリアでその絶対的な理を腹に落とし込める事ができるほど、人の死に接する経験のがありそうな職業というと、私の知る限り、先の三つだったというわけだ」

死に慣れている。彼の言った言葉は私の胸の中へすんなりと落ち込む。なるほど、的確だ、と思った。確かに衛兵だった頃、私は自分の実力以上の場所に挑んで死した冒険者たちの遺体を何十人も回収して来た。初めて死体を見たのはもう何年前のことだったか……、あれは衛兵になり、半月ほど経った頃のことだったはず。

酷いものだった。仲間の遺骸を回収したいとの連絡を受けて減った人間の一時的な補填として同行した私は、やがて見つけたかつて仲間だったモノを前に泣き叫ぶ彼らの感情に引きずられるようにして、涙を流しながら嘔吐した。

迷宮の獣共に食い散らかされた彼らの亡骸があまりにも無残な残骸に成り果てていたからだ。そう、彼らの死を悼んで無様を晒したのではなく、晒された跡の凄惨さが齎す嫌悪感と己の目の前にある残酷な現実を否定したいとの恐怖によって大いに泣き、吐瀉したのだ。

―――ああ、なんだ。私は初めから、そうだったのか。

そうして初めは無様を晒した私は、任務を終えて帰ったのち、私の様子を見て心配してくれた先任の衛兵に「大丈夫。明日になれば、きっと、もう平気になってるさ」と優しく声をかけられた。その時は、何を言っているんだ、そんなことあるわけないだろう、と反感を抱いたものだったが、実際のところは、たしかにそう、その通りだった。

そう、あの時も、なぜだろう、と考えた。他人の結果より齎されたものとはいえ、自分の裡から湧いて出た己への憐憫という強い感情がたった一日で消えてくれる理由がどうしてもよくわからなかった。

言葉をくれた衛兵の彼に聞いても、彼は苦笑いして、「俺もそうだった。俺の前のやつも、同じ時期に衛兵になったやつもそうだった。そういうものなんだ」
と、答えるばかりで、はっきりとした答えは結局でなかった。

二度目、私は吐くのを堪えた。夜に怯えるのは止められなかった。三度目、私は泣くのも堪えられた。負の感情は夜寝る前には消えていた。四度目でからは平気になっていた。そうだ、私はそうして慣れていったのだ。

五度目からは細部を覚えていない。持ち帰った遺骸を前に泣き崩れる彼らの側でその様を見守ったのも、共に出向いて遺骸を回収しに言った時、迷宮の中で敵を呼び寄せるかの様に大声をだして泣き喚く彼らが魔物に襲われない様に見張っていた事もある。

ああ、なるほど、慣れか。確かに私は彼らより死に慣れている。慣れてきたのだ。エミヤという男の言葉は、胸の裡でもやもやとしていた霧の一部を晴らしてくれた。自責の念が少しばかり薄れる。すると現金なもので、余裕は疑問を呼んだ。

「何故私が最初は冒険者でなかったと見抜けたのだ? 」
「なに、彼らが知人の死にああも反応しているのに、君だけは冷静だったからな。一度結成したのなら解散をする事が滅多にないと言われるギルドの、その集団の人間が仲間の死に慣れていない反応をするものだらけの中、一人だけ割り切った反応を見せる男がいるのなら、それはそいつが元々は違うところに所属していたと考えるのが自然だろう? 」

私は頷いて返すと、そこで再びシンの遺骸に縋りつく仲間達の様子を眺めた。彼らは未だに現実を受け入れられずにいた。彼らの様を羨ましく思いながらも、私は周囲を見渡した。静けさを保っている森は変わらず葉から樹木に至るまで赤く染まっているが、その影が薄くなっている事に気付ける。樹木の間を縫って差し込む光の量が少なくなっているのだ

「エミヤ。そろそろ夜が近い」
「……その様だな。それで? 」
「夜になると迷宮はまた違った姿を見せる。魔物が活性化する事も少なくない。安全を考えるなら、そろそろ引くべきだろう」

彼はさもありなんという様に肩をすくめると、視線をシンらの方へと投げかけた。その顔は、わかったが彼らはどうするのだ、と問うている。私は少し戸惑い心中で覚悟を決めると、多少落ち着きを見せたピエールに話しかける。

「……ピエール。いいだろうか」
「……ええ。聞こえていました。……っく、戻るのでしょう? ええ、大丈夫です。……っく、今のシンなら、体がばらばらになる事もないでしょう。……っ、死んでいますからね……」

己の口から出た言葉に、ピエールが再び静かに涙を流した。私はきっとこれが普通の感性なのだろうなと考え、彼らの様に素直に悲しさを表現出来ない事を少し寂しく思った。そして結局、自己憐憫しか出来ていない自分の事を、やはり惨めだと強く感じる。

「そうだな。その通りだ」

己の疚しさを誤魔化すよう私は努めて冷静に言ってのけると、使う予定などまるでなかった人の大きさほどの柔らかい皮袋を取り出し骸となった彼を入れてやり、槍と盾を背中に回して自由になった両手でシンの遺体を抱きかかえた。力の入っていない彼の体は、その細身の外見に反して重く、しかし彼のかつての力強い言動からは考えられないほど軽かった。

「ピエールは響を頼む。エミヤ。悪いが、サガを頼めるだろうか」
「ええ、わかりました」
「了解した」

ピエールは地面に目線を固定させたまま呆然している響の頬を何度か叩くが、彼女はまるで反応を見せない。ピエールは彼女の腕を持ち上げると、自らの首に回し、無理やり立ち上がらせ、そして少し顔をしかめた。彼女がシンの剣を片手で固く握りしめたまま無反応で、己の体重を支える意思すら見せないので、予想以上に負荷がかかったからだろう。

エミヤは、仰向けで気絶しているサガを持ち上げると、肩に引っ掛けた。サガが身につけている籠手を回収すると、少し考え込み、そして上下が切り裂かれた番人の巨大な頭部に剣を突き立てて上下の顎が離れぬよう固定すると、それを持ったまま涼しげな様子でこちらに顔を向けて言う。

「番人を倒したと言う証は必要だろう? ……それで、戻ってどうする? 」
「まずはシンの遺体と気絶した彼らを施薬院に運ぶ。預けた後、発行される証書を持って、執政院でシンの死亡と番人討伐の報告と手続きを行う。エミヤ。悪いが、執政院まではご同行願いたい。番人討伐の報告には当人がいたほうがいい」
「了解だ」
「ピエール。糸を頼む」
「……はい」

ピエールは回収した響の鞄を漁るとアリアドネの糸を取り出して、その糸を解く。力が解き放たれ、効力が発揮される。飛ばされる寸前、抱きかかえたシンの遺骸をもう一度眺める。
彼の活躍を見る事はもうないのだな、と思うと、不思議と今まで気配も見せなかった感情が胸中に襲来して、涙が溢れた。

この感情は、この涙は彼と共に戦えなくなった自分を憐れむ身勝手がもたらすものなのか、真に彼の死の悲しみを押し殺していた事によるものなのか。

―――できれば後者であってほしい。

判断を下す間も無く、私たちの体は光の中に消えてゆく。

エトリアに戻った私とダリたちは、驚く転移所の衛兵に番人の頭部を預けると執政院までの運搬を頼み、シンの遺骸と動かない二人を施薬院に運びこんだ。

薬院の人間は淡々と彼の遺骸を受け取ると、死亡証明書を発行し、ダリがそれを受け取る。そうして発行された証明書を持ってダリは受け取ると、ピエールにその場を任せて私とダリは執政院に向かった。

私たちが施薬院の扉を潜り表に出ると、賑やかだった広場は一転して不自然なまでの静けさに包まれた。音の代わりに痛いほどの多くの好奇の視線が私たちに注がれる。少しばかり怪訝に思ったが、己らの姿を顧みて納得した。大半が獣のものとはいえ、血と脂と異臭とに塗れた人間が突如として出現すれば、この様な反応の一つをされても仕方があるまい。

一歩を踏み出す。聴衆は黙って一歩引く。海を真っ二つにしたモーセがやった様に、一歩ごとに人波が割れてゆく。その様を無視して進む。嫌悪や畏怖で進む道が拓かれてゆく様は
かつての己の生涯を思い起こさせて、余計な感傷を抱かせた。無様だ。

無音の空間に石畳を叩く靴音と人の散してゆく音だけが響く。陽は落ちてすでに辺りは暗い。広場中央に設置された灯籠が私たちの影を町の外に向かって生み出していた。暗い道に生まれた影を追う様にして執政院に向かう。

そして執政院の前までやってくると、院の前で警護しているにいる衛兵と目があった。彼らは私たちを見て少しばかり目を背けようとしたが、思い直したかの様に頭を振ると真っ直ぐ正面より無言で敬礼をして構えた。

「番人の討伐、お疲れ様です。持ち帰られました証拠の品はすでに鑑定所の方に運び込まれております。どうぞ中へ」
「ありがとう」

横にやってきたダリが礼を述べると、兵士たちは再び姿勢を正して敬礼して見せた。その横を通り抜けて執政院の巨大な門を潜る。すると背後から重苦しく鈍い音が聞こえ、そして広場より入り込んできていた光が途絶え、一切の音が聞こえなくなる。門が閉められたのだ。

「珍しい事もあるものだ」

ダリがポツリと漏らした。

「何がだ」
「門だよ。昼夜問わず終始開かれているあれが閉じられるなんて滅多にない。雨風が余程強い時くらいだ。余程の事情がなければあの門は閉じられない」
「なら、そういう事なのだろうよ」
「ん? 」
「私たちの来訪が余程の事情であるのだろう」

彼は荒げた鼻息を一つ出して、納得の返事としたようだった。静かな暗がりの廊下を歩くと、すぐに受付までたどり着く。緊張の面持ちで私たちを出迎えてくれた受付の人間は上擦った声で「ようこそ」と言ってのけると、「どのようなご用件で」、と続けた。

「番人の討伐。それとギルドメンバーの死亡報告だ。担当者に話を通してもらいたい」

ダリの言葉に受付の青年は体をびくりと浮かせた。全身に緊張が走り、少し強張った様子を見せる。おっかなびっくりとしながら、青年は口ごもり、しかし、質問をした。

「あ、っと、その、死亡の? 」
「ああ。番人戦は討伐したが、一人死亡者が出た」
「……その、ご愁傷様です。……施薬院の方へは……」
「遺骸は既に運び込んだ。これが証明だ」

受付の青年はダリの差し出した書類を恭しく受け取ると、具に紙面の上から下までに目を通す。文字をなぞる指先が紙片の一番下まで到達した時、一度目を瞑り、小さく頷き、言う。

「はい、確かに受領いたしました。番人の討伐も含めまして、担当の者に伝えておきます。すぐにお会いになられますか? 」

受付の青年はダリと私を交互に見て、告げる。ダリがこちらを向いた。

「エミヤ、どうする? 」
「私はどちらでも、……とは言いたいが、いささか消耗が激しい。左腕を施薬院で見てもらいたいというのもある。後日に改めてということにしてもらえるとありがたいが」
「そうか、わかった。そうしてもらえると、こちらとしても助かる」

ダリは頷くと、受付の青年に言う。

「というわけだ。すまないが、後日改めて担当の方へ報告ということでお願いしたい」
「承知しました。日時はいつ頃ご都合よろしいでしょうか? 」
「……いや、すまない、それもわからない。施薬院に運び込んだ生き残りの仲間の事情がある。……そうだな、二、三日中に来るようにはする。すまないがそれでよろしいだろうか? 」「承知しました。そういたしましたら、この受付票をどうぞ。受付の者に渡せば話が通るようにしておきます。ご都合よろしい時においでください。あとこちらは、皆様が持ち帰った素材の受領証です。合わせてどうぞ」

青年は恭しく二つの書類を差し出してきた。ダリは受け取ると、礼を述べ、こちらを向く。

「さて、エミヤ。では施薬院に戻ろう。細かい話は向こうで」
「了解した」

返事をすると、彼は書類を胸元にしまいこみ、先んじて歩き出す。その足取りは仲間を失ったばかりとは思えないほどしっかりとしたものだった。

一同と別れた後、宿へと戻った私は、出迎えた女将に仰天されながらも着ていたものを剥ぎ取られ、風呂桶の中に叩き込まれた。張り替えられたばかりの汚れの浮いていない湯に、私の血と汗と疲労が溶け込んでゆく。湯に浸かりながら、今日ついたばかりの傷跡が一つとしてなくなった左腕を眺めた。

番人との戦闘の際、千切れた左腕でも違和感なく戦えていたのは、己の全身にかけていた強化の魔術と昂ぶった精神のおかげだったのだろう、番人戦において地面と唾液に塗れた傷口を多少洗浄した直後、無理やり接合した腕は、当然というか傷口に残留物が残っていた。

そして、迷宮から戻った直後、無理やり接合した私の腕は痛みによりその違和感を訴えていた。その悩みをまるごと取り除いてくれたのが、ケフト施薬院の医者だ。医者のスキルによる治療は、迷宮で千切れた部分の違和感を見事に無くしてくれていた。見事なものだと思う。

ただ、痛みもなく、腕の中から、皮膚と繊維と神経と血管の間をすり抜けるようにして、残っていた異物が体内より音もなく出てくる所は、まるで死体よりずるりと蛆が這い出てきたような悍ましさがあった。あの傷口を蛆が這い回る、マゴット治療のようなむず痒い感覚は、慣れられるものでないと今でも思う。

湯船より腕をあげて傷のあった場所をさする。無骨な腕の指先より垂れた滴が湯に落ちて、瞬間だけ水面に波紋を作り、すぐ消えた。雫の消える様を見て、施薬院で別れる際に交わした会話を思い出す。

「悪いが、明日、私たちのギルドハウスまでご足労願えないだろうか。今後のことについてみんなで話し合いたい」
「構わないが……、大丈夫か?」

狂乱の果てに気絶した一人と、治療が完了しても未だに放心状態の人間が、半日もしないうちに話し合いのできるまともな状態に戻れるとは思えなかったのだ。

「大丈夫だ。明日にはこいつらも、きちんとした状態で、ギルドハウスにいるよ」
「……、そうか。了解した」

だが、ダリはそう断言する。断言には確信に近いものがあった。言い切る彼の真剣みに押しきられて了承の返事を返すと、彼は頷いて、メモを取り出すと鉛筆でサラサラと記載し、こちらに差し出した。

「ありがとう。では、よろしく頼む。道はこれに記しておいた」
「では、私もこれで」

一言も発しなかったピエールは、一人先にどこかへと消えていった。ダリは彼とは別の方向へと歩を進め、気絶した一人を背負い、放心状態の一人の手を引いて、夜の闇に消えてゆく。

彼らは一体どうするつもりなのだろうか。――――――、やめた。

どうせ考えたところで解決しないのだ。こういう時はさっさと寝るに限る。大きくため息を吐いて、湯船より立ち上がる。ざぁ、と自らの体から流れ落ちた余分が湯に混じって流れ、排水口に吸い込まれていく。

風呂場に用意されていたローブをありがたく借りて、インに礼を述べ、明日の朝、寝ていたら起こしてほしいと伝えて部屋に戻る。インは何かを察していたようで、何も言ってこない。それがとても有り難い気遣いだと思った。疲れた体をベッドに放り出して瞼を閉じる。意識を手放すことは、宵闇の中、ありもしない答えを求めて彷徨うよりもずっと容易だった。

ベッドに乱暴に投げ込まれる。ベッドのバネが体を空中に押し返して、数度、跳ねた。押し上げられた部分と、硬さが残る寝床とに挟まれた皮膚が痛みを訴えるが、血と汗で汚れた体はそれでも動いてくれなかった。ずっと。ずっとだ。意識はあの時からずっとあったけれど、心がどうしてもあの場、あの瞬間と、あの場所から離れてくれていない。

ダリは同じようにしてベッドにサガを投げ込む。ベッドは私の時と同じように跳ねて、気絶しているサガを受け入れた。ダリは長く重い息を吐きだすと、誰にいうわけでもなく、言う。

「明朝、鐘がなっても起きてこない場合、昼前には起こしにくる。昼以降、エミヤが来たら、今回の配分と、今後のことを話し合う。話は彼との共同戦線についてが主題になるだろう。今後、迷宮を潜る際にはシンに変わって、彼を主軸において進むことになるだろうからな」

指先がピクリと反応を見せた。今までまるで動こうともしなかった頭と体は急速に血の気を巡らせて、体に熱が戻って来る。跳ねるようにして起き上がった。私とサガの横に私たちの装備を置いていたダリが驚く様子が目に入る。だが今はそんなこと、どうでもいい。ああ。

「ダリさん。今、なんていいました? 」

口から出た言葉は、自分でも驚くほど冷たかった。ダリは少し気圧された感じ後ろに一歩下がったけれど、しっかりと姿勢を正して顎に手を当てて考え込み、言う。

「明日、昼、エミヤが来る。それまでに起きてこなかったら、起こしにくる。議題は今回の探索の報酬の配分と共同戦線についての二つ。後者が主になるだろう。今後はシンの代わりに彼がメインのアタッカーになるだろうから……」
「シンさんの! 」

おそらくは整理してくれたのだろう話の内容を遮って、叫んだ。気遣いを発揮してくれるのはいいが、ダリというこの男は、サガのいう通り、やはり人と少しずれているところがある。

「シンさんの代わりなんて、いません……。いないんです……っ! 」

それだけいうと、止まっていた時がようやく全て動き出した。涙が溢れて、抑えきれなかった声が漏れる。しゃっくりが止まらない。ただ泣き続けた。街はもう眠る時間だということも気にせず、ただただ泣きじゃくった。シーツを握りしめて、握りしめたシーツが破けそうなくらい張り詰めさせて、わけもわからず頭から被って、くるまった。

「――――、――――、――、―――――、――――、――――」

口元を布団に押し付けて大声を上げる。布に吸収された泣き声は拡散され、変換され、消えてゆく。消えた。そうだ。シンは死んでしまったのだ。あの、馬鹿みたいに直情で、わざわざ私を心配して馬鹿をやってぶん殴ってやって、それでも元気が出たようだなと笑って見せた彼は、もう死んでしまったのだ。

「――――――っはぁ! 」

息苦しさに顔をあげて、うつ伏せの上半身を軽く起こすと、傍にシンに託された剣が目に入った。思わず寄せて、抱く。鞘の革の匂い。剣の脂の匂い。柄の部分からは汗の匂いと、少しばかりの酸い臭気がした。その不快ささえ、彼がまだそこにいる証のようで、愛おしかった。抱いて、再び泣き、嗚咽を漏らし、やはり泣く。止まらない。あそこからここにくるまでの間に感情の奔流を押し留めていた堰は壊れてしまったのだ。もうだめだった。

「―――っ、ぁっ―――、――――――、―――っ」

声すらうまく出ない。ただ、悲しさだけが口と目から漏れていく。ひとしきり泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。剣を抱き、ひたすら泣く。ダリはその様子ずっと見守ってくれていた。いや、違う。彼はきっと戸惑っていたのだ。彼はこのような場面で、どんな行動を取るのが最善の選択であるのかわからず、選べずに動けないのだ。その慎重さが、臆病な部分がシンの死に繋がったのかもしれないと感じて、ひどく腹が立った。

ダリは己に対して向けられた敵意や害意を敏感に感じ取って、言う

「……どうやら今、私は歓迎されていないようだな。……また明日起こしにくる。おやすみ、響。大丈夫。明日になればきっと、大丈夫だから」

大丈夫。その言葉は魔法の言葉のように頭の中へ入り込むと、不思議にその通り、明日にはこの悲しみがなくなってしまう予感がした。ああ、それは悲しいことだと思いながら、私はずっと泣き続けた。

どのくらいの時間が経ったのだろうか。涙も声も枯れ、ただ彼が存命して一緒に迷宮を探索していた頃のことを振り返っていると、剣をふと彼の剣のことを思い出した。鞘から引き抜いて刀身をとって、ダマスカス鉱特有のマーブル模様の波紋を見てみる。

その茶色い刀身にはまだ血糊と脂がべっとりで、そこにはシンの血も混じっているのだ。刃先に怪しく光る紅涙の輝きに魅せられて、己の顔にその切っ先を向ける。

―――「響、刃を人に向けるのは良くない」―――

そんな彼の言葉が思い出されて、また泣きたい気分になった。もう会えない。考えるだけで胸が痛い。あれだけ好き勝手やって、あんなにあっさりと退場するなんてひどいと思う。悲しい。悲しい。悲しい。会えない。いやだ。寂しい。

―――嫌だよ

一緒に過ごすようになってから三ヶ月。たった三ヶ月だったけれど、シンという男は、わけのわからないくらいのまっすぐさで、私の中に入り込んできて、影響を与えるだけ与えて消えて言った。まだ、知りたい事があった。教わりたい事があった。一緒に旅をして見たかった。活躍を見ていたかった。まだ―――

―――歌?

共に過ごした日々を思い返していると、眠りについたはずの街中から聞こえてくる音色があることに気がついた。耳をすませると、それが誰かの歌声であることに気がつく。一人の人間が即興で歌っているのだろうか、楽器の伴奏に乗った独唱は一小節ごとに途切れて、緩やかなスタッカートみたいな演奏となっている。その音色と声に私は聞き覚えがあった。

だが、歌は歌とわかるだけで、肝心の歌詞がまるでわからない。気になった私は、音色の詳細を確かめようと考え、ベッドから身を起こすとノソノソと窓枠に近づいた。

―――「うむ、君を迎えにきたのだ。響」―――

―――っ!

記憶が胸を締め付ける。胸を締め上げるその感情が苦しくて、逃れるように半開きの窓を全開にした。それでもまだ締め付ける痛みから逃げるようにして耳をすますと、音色は少しばかり大きく聞こえるようになったが、それでもまだ弱く、頼りない。

歌詞はまだわからない。ただ、その声に秘められている切な感情は今の私の想いと重なり、心臓を締め付ける。カンパネラのような音色は、文字通り、屍人に対する弔いの鐘の音だ。堪らなくなって、私はギルドハウスを飛び出ると、夜の街に繰り出した。

歌声に誘導されるようにして汚れた服のままフラフラと街中を歩くと、やがてベルダの広場の一角にある灯りのついた場所へとたどり着く。そうして私はようやくお目当てと対面することができた。

宵もすっかり深まり、宵張を得意とする酒場すらその営業を終えて休息した頃、月明かりすら一朶の雲に休息を強いられた夜の闇の中、広場の中央では外周に沿って設置された街灯の微かな灯りを浴びて照らされる集団。その中心、天に向かって屹立するオベリスクの前で、ピエールは世界の全ての注意をその一身に浴びながら、滔々と歌を吟じていた。

「―――、……―――――、…………―――――――、……。―――」

いや違う。歌はやはり途切れ途切れで、一小節ごとに止まり、そして、楽器の音に乗せられていた。それを途切れない歌と思ったのは、歌詞が私の頭の中ですぐさま場面に変換されて連続した物語となっていたからなんだ。

ピエールの感情が乗せられた一つ一つの言葉が、私の記憶から彼と過ごした日々を思い出させる。一つの場面が薄れる前に、彼の言葉は再び別の場面を思い出させて、私の頭の中では立て板に水が流れるような流麗さで、途切れた歌詞は繋がった物語になっている。

歌は途切れ途切れのスタッカートではなく、一連に切れ目がなく続いているレガートであり、彼と共に日々を過ごしたものにのみ、それとわかる、鎮魂の物語だったのだ。彼の歌は、シンと出会えた喜びと、彼を失った悲しみの二律背反を含んでいた。

夢うつつの気分でピエールの語りを全身で聴く。やがて場面は佳境に突入し、彼の死の場面へと突入する。シンは敵へと勇敢に立ち向かい、そして、敵の一撃によって倒れ、地に没する。楽器の音が途切れた。しかし、無音というわけでない。

空間に静かに響くのは、ピエールの涙の音色だ。それまでの合唱に比べれば無音に等しい微音は、言葉と音色にて他者に彼の活躍を伝える役目を放棄した彼は、しかし沈黙と涙を最高の手段として、彼の言葉に出来ぬ程の濃密な歓喜と悦楽と雀躍と、悲哀と絶望と無音の慟哭を切に表現していた。

動けない、動かない。誰もその無音の演奏を止められる者はいなかった。やがて流れていった雲の端から月明かりが漏れて、彼の姿をひそやかに照らし出した。静々と滔々に涙を流す彼は、月明かりの合図を受けて、楽器を脇に抱えると帽子を脱ぎ、終曲の一礼をした。

聴衆は誰一人として動けない。終幕下にもかかわらず拍手を貰えない演者は、それでも不満を漏らすことなく、オベリスク前の舞台から立ち去ろうとする。不意にこちらへと目線が向けられた。

赤く腫れた目には、シンに対する哀悼の他に、何か別の悲しみを伴っているように見えた。その嘆きの色に魅了されるようにして、私は彼の後ろについて行く。私たちがベルダの広場を去ろうとする時、それでも聴衆は一歩たりと動くことはなかった。

ギルドハウスに辿りついた私とピエールは、机の前で対面する形に座ると、何も語らないまましばらくの間を過ごした。やがて沈黙に耐えかねた私は何かを喋ろうとして虚空に手を彷徨わせた。目線が彼と机との間を行き来する。

「……その」
「はい」
「――――――……、よかったです」
「そうですか。それはよかった」

再び沈黙。違う、そうじゃない。聞きたいことがあるけれど、うまくまとまらない。いや、何が聞きたいのか、自分でも把握しきれていないのだ。何か聞きたい。聞きたいことがある。胸元が気持ち悪いくらいざわついている。

ただ、それをなんと表現していいのか、なんという感情で、何という言葉で表せばいいのかがわからない。それが悔しい。悔しいという事はわかるのに、何を聞こうとしているのかわからないのが余計に気を急かして、私の頭の中はぐるぐると意味のない考えが巡っている。

「あの……」
「…………一度眠ると、悲しみだけの痛みは忘れてしまうからですよ。だから私は、ああして相反する思いを同時に吟じていたわけです。まぁ、言ってみれば、私なりの、彼への手向けです」

彼は悲しげな口調で言った。私は何も返せなかった。

「私がシンのレクイエムを歌う際、なぜ、悲しみ以外の感情を私が歌に乗せて吟じあげたのか。多分、それでしょう。あなたの知りたかったのは」

彼の言葉に気がついた。それだ。私は、それが知りたかった。私は、ピエールという人が、なぜ瞳に悲しみの色以外を携えていたのかを知りたかったのだ。なぜ、必死に、無理やり辛い記憶の中にねじ込むようにして、喜びを着色していたのか。それが知りたかったのだ。

しかしなぜわかったのか。驚いた顔で彼の瞳を見つめると、彼はようやく柔らかく微笑んでを見せて、言った。その笑みは、いつものような皮肉げなものでなく、他者を悼むような哀切の感情に満ち溢れていた。

「わかりますよ。なにせ、吟遊詩人ですからね。人の、環境の、その細やかな変化を観察し、意図や変化を言語化出来ないようでは、バード失格です」

涼やかに笑って見せる顔には自信に満ちていた。なるほど、そんなものかと思う。再びの沈黙。さて困ったぞ。こうして先回りで自分の欲しかった回答を与えられてそこで会話を終わらせられてしまうと、何を話していいのかわからなくなる。

何か話題はないものかとあちらこちらに視線を彷徨わせていると、窓より差し込んでいた月明かりの光量が減って、周囲が闇に落ちた。

「ここは暗いですね」

言ってピエールは立ち上がって灯りをつける。そうして彼がランプに火を灯すと、橙色の柔らかな光が周囲をゆらゆらと不規則な光で照らし出す。私はその挙動に注目していると、先程は月明かりと暗がり、そして歌と演奏に夢中であったため気がつかなかったが、人一倍見た目を気にする彼にしてはあまりに酷い格好だ。当然か。だって、彼は先程まで私達と共に迷宮の中で死闘を繰り広げていたのだから。

大事に抱えている楽器の弦は切れた部分を無理やり調律した跡があるし、羽帽子は羽が殆ど落ちてつばが広いだけのチロリアンハットになっているし、服には汗染みと塩の吹いているのが目立ち、端正な顔に薄く施された化粧は落ちて崩れている。私はなんとなく、彼なら服や楽器の修繕が終わるまで人前に出ないイメージがあったので、なぜ彼はそんなボロボロの格好であるのに人前で歌う気になったのだろうという疑問を抱いた。

「それはですね。明日になれば忘れてしまうからですよ」
「え……」
「どれだけ悲しいことがあっても、どれだけ苦しいことがあっても、ただその気持ちを沈ませるような感情だけだと、この世界では一晩眠れば大抵の痛みは癒されてなかったことになってしまうのです。だから、シンのため真剣に鎮魂を願って祈りを捧げ、彼が居たという事を、どうしても覚えていたいというのなら、彼が亡くなり、その痛みと悲しみが心中に残っている、今日、無理にでも浮き上がるような感情と混ぜてやらないといけなかったのです」

ピエールはひどく悲しげな諦観の表情で言った。目には哀愁が漂っていて、なんとも背徳的な魅力を伴っている。少しだけどきりとしながら、聞く。

「……、それだけだと、痛みを忘れてしまうんですか? 」
「ええ。エトリアは、この世界は、私たちの体は、どういうわけかそうなっているのです。例えば、小指をぶつけてイラついたとか、人にぶつかって嫌な思いをしたとか、そう言った軽いすぐさま無くなってしまうものは当然として、大事な人を失って悲しいとか苦しいとか、あるいは自分にないものを持っている他人が憎いとか妬ましいとか、そう言った人間や生物を対象とした、負の感情も、それだけだと次の日にはさっぱり消えてしまう。……覚えがありませんか? 例えば、そう、ご両親が亡くなった後の事とか」
「――――――――――――、はい」

絶句した。ああ、確かにその通りだ。私は両親が死んだと知って、世界がひっくり返るかのような衝撃を受けて意識を失って、けれど起きた時には、すでに落ち着いていた。そしてその時から私の心の中は、両親が死んだ悲しみよりも、死んだ後、彼らなしでどうやって店を経営してゆくかの心配に興味が移っていた。

「以前、遠い昔はそんな事なかったらしいですけれどもね。過去の英雄譚を漁ると、例えば、何かに対する恨み辛み妬み嫉みによって見返しや復讐から物語が始まったり進展したりするもの沢山あります。けれど、ある一定の時期から、それが一切なくなってしまうんです。物語は他の命に対する興味と好奇心だけのものとなり、山場と、山場と、山場だけが物語の構成要素になりました。よくわかりはしませんが、ある時から、私たちは、そう言った苦しみや悲しみを、それだけでは次の日にもちこすことが出来なくなったのです。まるで誰かに食べられてしまったかのように、綺麗さっぱり消えてなくなってしまうのです」
「――――――、それは」

なんて、残酷なまでに優しい現象なのだろう。

「昔、人と人の間で争いが頻発していた頃、争いの原因は負の感情によって引き起こされたと聞きます。無用な諍いが起きないという点では、なるほど私たちは幸運なのでしょう。しかし、それと同時に、私たちは亡くなった、失った命を次の日以降悼むことができなくなりました。おそらく私が今感じているこの悲しみと苦しみと、それより生まれ出た焦がれる気持ちも、さらにそこから派生した様々な複雑な想いも、寝床で瞼を閉じれば泡沫のように消えてしまう。感情が消えるという事を知っている私は、シンを失った際に感じた心の臓を掴み取られたような気持ちが消えていくという事実を、知っていながら何もしないという事実に耐えられない。この痛みもそれだけだと、明日になれば消えてしまうのでしょう。その事実が、なんとも耐え難い。でもどれだけ耐え難くとも、負の感情だけだと休めば消えてしまうという事実は覆せない。理由はわかりませんが、正の感情を混ぜて、矛盾する思いとしてやらねば消えてしまう。だから、今日でないといけないのです」

それがあの演奏か。あの正と負の入り混じった一拍ごとに立ち止まる歌は、ピエールが矛盾する感情を必死に押さえ込みながら、シンの生きていた頃の喜びを歌い上げるオラトリオであり、シンの死に対する悲しみを悼んだレクイエムであり、同時に、己の消えてしまう痛みが最後に訴えた遺言でもあったのだ。

だからこそあの途切れ途切れで単純な歌は、孕んだ矛盾が心を軋ませる悲鳴のように聞こえて、だからこそ、みんなの心を捉えたのだろうと思う。

彼の歌を思い出して、胸が締め付けられるが戻ってくる。早まる鼓動はシンの死に直面した時よりも遥かに強くなって、頭が熱くなる。ああ、そうだ。忘れてしまっていた。私はこの感覚を一度だけ味わったことがある。記憶にはある。でも感情が残っていない。両親が死んだと聞かされたあの時、私は確かに、この胸を貫き抉るような痛みに意識を消失させられたのだ。

シンの死は、失ったはずの両親の死が死んだ際の痛みまで思い出させて、私は机に突っ伏した。目頭は熱くなり、喉は呼吸を乱し始める。口はへの字に曲がって、唇を食む。ああ、忘れたくない。無くしたくない。この想いに消えて欲しくない。

「…………」
「ふふっ」

ピエールは小さく笑った。その違和感につられて彼の方を見る。

「ピエールさん? 」
「いえ、あの戦バカ、案外、ドンファンなところもあるなと思いまして」

……、どういう意味だろう?

「あの」
「ねぇ、響さん」

ピエールは先ほどまでとはうって変わって、慈愛に満ちた静かな口調で言う。

「ひどいやつでしたよねぇ。最初の頃は、貴女に切りかかっても謝罪もしないで」
「……そうでしたね」
「敵と見れば、とにかく真っ直ぐに突っ込んで、カバーは大抵サガかダリ」
「道具の使い方もまともに覚えてなくて、だいたい私がやる羽目になってました」
「文句を言った際、嫌味に苛立ちの一つでも見せてくれればまだ可愛げがあるのに、粛々と受け止めるばかりで」
「どこかずれていて、まさか、殴ったことを褒められるとは思ってませんでした」

愚痴を言い合う。シンのこと。たった三ヶ月しかまともに一緒にいる事のなかった彼だったけれど、驚くほど話題は尽きなくて、いかに彼が変で妙な変わった人物だったかを思い知らされた。うん、でも。

「でも、バカだけど、いいやつでしたよねぇ」
「……はい、真っ直ぐで、いい人でした」
「私、あのバカのこと、好きでしたよ」

まっすぐの好意を告げる言葉。その言葉を聞いて、私は胸の奥底で燻っていた思いをようやく自覚させられた。胸が高鳴った。限界だった。今日は色々な事があったけど、何にも増して、残酷な事実を今更思い知らされる。ああ、そうだ、私は―――

「―――はい。私も、シンのこと、好きでした」

言葉にすると、遅れて感情が湧き上がってきた。腹の底より上がってきた熱は、喉元と涙腺でそれぞれ音と水に変換されると、嗚咽と涙へと生まれ変わる。この悲しみが明日消えてしまうとかもうどうでもよくって、ただ、彼と出会えた事が嬉しくて、でも居なくなって悲しくて、そんな胸の奥をぐちゃぐちゃにする思いをただひたすらに大事にして、愛でていたい。

「―――、――――――、―――――――、―――」

―――死んじゃった。死んじゃったよ。もう会えないんだ。ごめんなさい。さっきまでただ自分のために涙を流すばかりで、ごめんなさい。貴方の事を思っての涙じゃなくてごめんなさい。シン。シン。シン。シン。ああ。あぁ。

視界の端でピエールが私を一瞥だけして去っていくのが見えた。向けてすぐに伏せたその目には気遣いがあった。邪魔はしないから存分に自分の気持ちとの別れを惜しめと言うことだろう。素直にありがたいと思った。

私は仲間を失ったこの日、初めて両親の死を想って泣いた。シンの死を悼んで、今更ながら、両親の死を嘆いて、この気持ちとの別れを惜しんで、泣いた。

多分、両親を思って出た涙は、彼らの死をまともに悼んでやる間も無くしてしまった自分に対する憐れみの感情が生んだものだったが、それでも、ただの一つの落涙もなく過去を思うよりはずっとマシだろうと、身勝手に思う。

惜別の涙は口の中にはいると、すぐに微かな塩気を残して消えてゆく。それが明日という日、儚く消えてゆく記憶の運命を表しているようで、余計に悲しくなって泣いた。やがてランプの油も切れて、黎明を迎えた時、私は窓より差し込んでくる太陽の光に起こされた。

そして気がついた。昨日感じた、彼を失った際の千切れるような痛みはもうどこにも残って居なかったけれど、かつて共にいたシンが、でも、もういないという、愛しさと喪失の混ざった胸を締め付ける気持ちだけは残っていた。

ああ、これが、ピエールの言っていた、「矛盾する気持ちだけが残せる」と言うことなのか。私は彼の言葉を今更ながらに理解して、彼に感謝した。彼はこの感情を私の中に残すために、昨日ああして語ってくれたのだ。

そうして残す手助けをしてくれたピエールに感謝を送りながら、差し込む朝日の匂いに包まれながら、思う。

―――シン。私、貴方のことが、好きでした。だから、いま、すごく悲しい

朝日の中に溶けて消えてしまった昨日より薄れてしまった悲哀の感情は、それでも私の心を刺激するのに十分な熱量を残してくれていた。

―――ほう、いい面構えになったではないか

悪夢の、もはや殆どが白になりかけている部屋の中、出会い頭、開口一番に黒い影はそんな事を言ってのけた。黒の影の口はいびつな三日月を浮かべて、ないはずの両目には喜色が浮かんでいるように見える態度。ああ、やはり不快だ。

「ほう。どうやら貴様にはその外見通り、人を見る目というものがついていないらしいな」
―――外見で人を判断するとは、まだまだ未熟だな。とても正義の味方の台詞とは思えん
「はっ、貴様がまだ人の範疇に収まっているなら、中身で判断してやっても良かったのだがね。いや、外見で判断しようが、中身で判断しようが、どのみち貴様と言う男は、最悪という以外に体現しようがないから一緒ではあるか。―――そうだろう、言峰綺礼
「―――ふ」

そうしてその影の正体を暴いてやると、言峰綺礼は、輪郭を露わにして、無限に広い部屋の中を覆い尽くさんほどの声量で、心底愉快そうに哄笑した。高笑いには、愉悦と愉快の感情が多分に含まれていて、それが心底私の脳裏を刺激して、不快を生み出す成分となる。

「よくぞ気づいたな、アーチャー。いや、あれだけのヒントをくれてやったのだから当然か」
「ふん、よくもまあ、ああも聖句を胸糞悪い様に引用できるものだ」
「いやいや、説教は神父の嗜みだからな。しかし、神の教えを聞いて胸糞を悪くするとは、アーチャー、貴様やはり、その属性は中立などではなく悪の側に近いのではないのかね? 」

悪意の応酬は終わらない。放っておけばいつまでもこの不毛な争いが続くだろうと予感した私は、舌打ちを一つ大きく打つと、無理やり話を打ち切って、本題を叩き込む。

「それで、なぜだ」
「なぜとはなんだね? 何が疑問なのか具体化してもらわないと理解が出来ん」
「ほう、では言ってやろう。なぜ貴様は存命している。なぜ貴様がここにいる。何のために貴様はここにいる。何を求めてランサーを再び手駒として用いた」

立て続けに質問を浴びせると、やつはそれが心底可笑しいといったように、体をくの字に曲げ、腹を抱えながら失笑を漏らす。その様がまた、ひどくこちらの癪に触る態度なものだから、私は影を思い切り殴りつけてやったが、拳は黒い影の中を通過するだけで、その威力を発揮してはくれなかった。

「―――ちっ」

舌打ちと共に通過した拳を拭う。手についた汚物を払うかのような態度を見て、さらに言峰はさらに気分を良くしたらしく、一秒間あたりの笑いの数を増やして、言ってのける。

「ふむ、その質問にいちいち答えてやってもいいが……ああ、そうだ前回、約束を交わしていたな。講話の一つでもくれてやろうと。ちょうどいい。では今回は夢の終わりまでそれを語ってやるとしよう」
「貴様、私の質問に……」
「そうだな、あれは遥か昔。凛という女がまだ生きていた頃の話だ」

こちらの意思を完全に無視しての態度を注意してやるが、やつは一向に気にした様子を見せずにそのまま滔々と語り出す。物理的に止める手段がないのは証明されてしまったし、こうなったやつは何があろうと己の語りたい事を語り終えるまで、何一つこちらと応答する事がないだろうから、私は早々に諦めて、その不快な講話とやらに耳を傾けることにした。

「第五次聖杯戦争集結から、約十年後。かつて天国の鍵を持つお方が崩御されたその地の近くの海に、隕石が静かに落下、着水した。その隕石というものが曲者でな。実は“魔のモノ“と呼ばれる宇宙生物だったのだ」
「……はぁ?」

素っ頓狂な声を出すと、やつはその驚いた様が心底可笑しいと言った態度で失笑を漏らすので、私は唇を噛んで口をへの字にしてやり、再度聴講の体勢を取ってやる。

「くく、いい反応だ。さて、その魔のモノは、魔と言う名を冠するだけあって、一つの特徴を兼ね備えていた。それが、人の負の感情を己の糧にするというものだ。見事なものでな。そこに正の感情という不純が混ざったものはいらんという、偏食家っぷりを見せる。奴は、真に悪意のみを食らう、名前に反してまさに正義の味方のようなことをやらかすのだよ」

どうだ、という顔でこちらを見てくるので、努めて無表情で続きを促してやる。そうすると、やつはその無理しての態度もまた面白いと言った顔で笑いを漏らすので、やはり不快の感情が生まれる。ああ、やはり、この男と私は氷炭の様に相性が最悪だ。

「……」
「無視かね……、くく。さて、この“魔のモノ“という宇宙生物であるが、実はあるものに追いかけられた結果、この星に着陸したのだ。そのあるものこそが、我々が世界樹と呼ぶ、現在の世界を支える巨木のオリジナルだ」

“オリジナル“? ということは、現在世界中を支える世界樹はコピーであり、また、世界樹とかいう巨木は複数あるということか。

「さて、その世界樹だが、“魔のモノ“の活性を抑える能力を持っていた。いわゆる正義の味方というやつに相当するのだろうな。そうして追いかけきた世界樹は、魔のモノの活動を抑えるためだろう、やがて魔のモノが落ちた場所とまるで同じ場所に降り立った」
「……どれほどかしらんが、この世界を支えるだけの巨木が着水すれば、それだけでも相当の被害が生まれそうなものだが」
「いやいや、その様なことにはならなかったとも。さすが正義の味方の世界樹様はそのあたり心得ていた様で、魔のモノが落ちたその海の真上にやってくると、勢いを緩やかにして、漣すら起きないほどの速度で海の中へと落ちて言ったらしい」
「……」
「くく、しかし、流石にそれだけの巨体を倒れない様にするためには、深く根を下ろしてやらなければならない。やがて魔のモノと接触した世界樹は、己の体でやつを封じ込めるため、魔のモノを深海の地中深くに埋め込んでから、さらに何千メートルも押し込む事となった」
「……」
「それが全ての始まりだ。そうして地中深くに押し込まれた“魔のモノ“は、やがてその身を地中を流れる龍脈と接触した」
「……なに? 」

だんまりを決め込んでいた所に聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、思わず聞き返す。

「龍脈だと? 」
「そうだ。龍脈、霊脈、レイライン。呼称が千差とある世界中を流れる魔力の川と接触した“魔のモノ“は、龍脈という荒々しい力の奔流に耐えきれず、龍脈にその身を浸しながら、その身の表面を少しずつ削られていった。だがそうして削られた”魔のモノ“の体は、やがて龍脈の流れに乗って、世界中へとばら撒かれることになる」
「……」
「くっくっ、そうして負の感情を食らう“魔のモノ“の分身は細分化されて、世界中にばら撒かれることになったのだ。いやはや、正義の味方というものは実に余計なことしかしないものだな」
「……」

挑発を努めて無視してやる。悪態の一つでも返しても、無視しようがどのみち喜ばせるだけなら、少しでもエネルギーを使わない方を選択してやろうと思ったのだ。だが、やつはやはりそんな私の抵抗を見抜いているのだろう、口元の喜色を濃くしながら続ける。

「ばら撒かれた“魔のモノ“のかけらは、当時は世界中に繁栄していた彼ら旧人類の持つ、憎悪や悔恨、嫉妬といった心中に溜め込んでいた悪意と正しく共鳴し、反応を起こした。そして誕生したのがスキルだ」
「……、なに? 」
「魔のモノは龍脈を通じて己の分身を全世界の人間にばらまく。宿主となった人間が持つ悪意を吸収するために、己と人間との間にパスを繋げる。人が魔のモノと繋がるという事は、すなわち、魔のモノが身を委ねている龍脈と直結するということでもあるのだ。本来、龍脈などという大河の流れにそのまま身を委ねれば溺れ死ぬだけの矮小な存在である人類は、魔のモノという変換器/インバーターを介する事で、地球という強大な存在と間接的ながらも、しかし今まで以上に直接的に繋がることが出来るようになったのだ。加えて、魔のモノが感情を回収するということは、ともすれば、人が感情を龍脈に伝える手段でもある。くくっ、変換器を用いて世界と繋がり、己の意思を伝えることが出来る。まるで魔術のようだとは思わないかね」
「―――、そうか、魔術とは、魔力を用いて己の要望を世界に伝え、魔術回路/変換機に応じた望む現象を引き起こす術理。つまりスキルとは―――」

やつの与えた情報から導き足した結論を聞いた言峰は、生徒の出来の良さを誇るかのように、己の伝達能力の高さに満足するかのように、慈愛と恍惚に満ちた笑顔で頷き、言葉を継いだ。

「そう、つまり、スキルとは魔術と同じ仕組みなのだよ。人類は総じて、ある意味で魔術師になったのだ。いや、己の意思を伝えるだけである程度の現象を引き起こせる、変換効率無視のその有様は、魔法使いといっても過言ではないかもしれないがな。ともあれ、やがて己の意思だけで現象を引き起こせる事に気がついた人類は、その方向性をある程度体系化してやることで、万人が魔のモノの力を使える様に研鑽した。その正体に気づくこともなくな。この努力の末に生まれたのが、スキルだ。当時は科学と組み合わせて使うスキルが多く開発されていたが、そういったモノは電気機械文明の崩壊を経て消えてゆく。そして残ったのが、いわゆる現在も残っている日常的に使われるスキルや、戦闘の際に使用されるスキルだ」
「―――」

言峰という男が語った話の、そのスケールのあまりの大きさに驚いて言葉が出ない。なにかをいってやらねばその荒唐無稽な話を、脳が真実として受けとってしまいそうだ。必死に反論を考えるが、馬鹿げた話と断じてやることもできない。彼らが、スキルが、エネルギー保存則や変換効率無視の技術であることは、この三ヶ月の間に嫌というほど見せられている。

―――いや、まて

「まて、魔術に例えるというのなら、それはおかしい。魔術の原則は等価交換だ。それだけのエネルギーを生み出すというなら、一体なにを代価に―――」
「鈍いな、貴様も。これはある意味で、人と神との間に交わされた契約なのだ。人は一日の終わり、眠りの中で魔のモノに純粋な負の感情を捧げる。神はそれを受け取るかわり、道を繋げ、そこから逆流しようとする余分を全て肩代わりする。こうして、荒ぶる神は人の捧げる供物を代価に、己の信者たちに龍脈と繋がる力を加護として与えているというわけだ」

返答は一分の隙もなく正しいものだった。等価交換は成立していた。人と魔のモノが結んだ、負の感情を取引材料に力を得る契約。スキルの正体が悪魔の契約に等しいものだと知って、私はもはや、やつになにを尋ねようとしていたのかすら忘却して、呆然とする。

「くくっ、いい顔だ。そんな反応をしてくれると、聞かせた甲斐があったというものだ。……、さて、そんなスキルという新たな力を得た人類だが、その代償は大きかった。負の感情を失う。簡単に言ってしまえばそれだけのことだが、踏み込んでいえば、例えば、不安や臆病の要素をも飲み込むという事でもある。すなわち、多くの人々は躊躇というものをなくし、消費と浪費の文化をさらに邁進させた。それにより生じたエネルギーの浪費は、もはや地球の自然環境を悪化の一報を辿らせ、しかし、その変化により生じる環境の悪化がもたらす不安や臆病は、すべて魔のモノに吸収されるため、人々は等比級数的な速度で、滅びの道を駆け抜けていったのだ」
「―――ああ」

なるほど。不快な奴の言うことは、しかし、なんとも人類の歩んできた歴史を数千年分も凝縮したかの様な愚かしさを体現していて、ひどく納得のいく内容として腹の中に落ち込んだ。それは、そんな人類を愚かと断言して見限った自分ならではの思考だろう、とも思う。

「やがて環境の悪化は、世界樹という魔のモノを封じていた巨大な樹木にも悪影響を及ぼす様になり、弱った世界樹の力は人々の負の感情により力を取り戻しつつあった魔のモノの力を下回り、抑圧を上回った魔のモノは龍脈を通じて世界に顕現しかけた。それこそが、かつて旧人類が迎えた落日の時」
「―――しかけた? 」

質問に、滔々と話す奴の口が、わずかに歪む。私がふと口に出した言葉は、よほど言峰という男の機嫌を損ねる力を持っていた様で、奴は愉悦ばかりを浮かべていた顔に珍しく憎々しげなの様相を浮かべて、しかし吐き捨てる様に続けた。

「そう。魔のモノがその姿を表しかけた時、しかし、世界のそんな異変に気がついていた当時の人間の一部は、そんな終末を避けるべく、世界樹のコピーを生み出していた。世界樹のコピーはオリジナルほどでないにしろ、魔のモノを抑える効果をもち、また、その巨大さに見合った環境濾過機能を兼ね備えていた。そうしてやがて奴らは魔のモノが世界に姿をあらわす直前、その該当箇所に世界樹のコピーを植え込み、霊脈の力を利用して過剰成長させ、成長した魔のモノを封じた。その後、彼らは汚染された地上の上に大地を作り、汚染された環境を地下へと封じ込めるとともに、環境の改善を世界樹に任せ、自分たちは空の上に逃げたこうして、貴様が今存在している、「世界樹の上の大地」という世界が出来上がったのだ」

……、信じがたい。奴の言うことは、スケールが大きすぎて、まるで空想話の中の出来事だ。しかし、奴の言う、急速な環境の悪化による人類の滅亡という話は、凛の残した手紙に書かれていた旧人類滅亡の理由と合致していて、一概に否定を突きつけてやることができない。いや、そも、それが真実だとしたら、なぜ彼女は―――

「くくっ、その顔は、なぜ凛が残した手紙にはその事が書かれていなかったのか、と考えている顔だな」
「―――貴様……! 」

努めて冷静を保っていた精神に皹が入る。不快の源が恩人の名を語ったと言う事実に抑えきれなくなった感情は、裡に出来た亀裂をあっという間に広げると、全てを殺意という名前の意思に変換されて、表へと噴出した。

「貴様、なぜ、それを知っている……! 」

言葉に質量が言峰綺礼の体を両断するだろうほどの圧を含んだ言葉を、しかし、奴は涼しげに受け流して、直前のまで不機嫌とは一転した、しかし再び、愉悦の顔で続ける。

「くく、いや、なに、決まっているだろう? 私も読んだからだよ。ああ、いや焦ったよ。照れ隠しか知らんが、一度手紙を読むと、文字も写真も消えるような処置が施してあってなとは思わなんだ。まぁ、エミヤシロウという英霊の魔術特性ならばそうであろうと問題なかろうと思ったのかも分からん。ともあれ、消えたものは仕方があるまい。かかっていた魔術の鍵だけかけなおして、貴様と同じ場所に送ったわけだが……、その様子だと、再現の際に、そのことまでは読み取らなかったようだな」
「―――……っ! 」

そうか。あの写真にだけ防護の魔術がかかっていなかったのは、彼女のうっかりではなく、貴様の悪意に満ちた行為の結果だったというわけか。私は目の前の悪意の塊に像を抱くとともに、彼女の思いを汲み取って、詳しい経歴までを解析しなかった己の迂闊さを呪った。

「ああ、いいぞ、その殺意。その憎悪。己の大切であるものが実は己の嫌悪する人間の手で汚されていたものであったと知った時の、その絶望。くく、いや、随分といい反応を見せてくれるものだ。それでこそ、教えたかいがあると言うものだ」

こうして記憶の傷口を切開し、過去の大切な部分に土足で踏み込み、心の臓に毒を塗って相手が悶えて苦しむのを見るのが、奴が一番好みとするシチュエーションである。憤怒も憎悪も、奴を愉悦させるだけの単なる不毛な感情にすぎぬと知りながら、私はそれでも裡より溢れるそれを抑えきれず、言葉の端々に余剰の感情を漏らしながら、なんとか尋ねる。

「……、貴様、どこで……、いや、いつだ」
「神父が他人の秘密を知る場所といえば決まっているだろう? ―――もちろんあの、冬木の教会で、だ。―――そう、私は、神によって再び命を授かったあの日、己の教会の隠し部屋で見つけたのだ。かつて貴様が一人その犠牲から逃れたあの場所で、未来に希望を託されて眠る貴様と、その隣で眠る凛の残骸を、だ。いや、なんとも皮肉ではないかね? かつて受肉化した英霊を存続させるために多くの子供が機材に繋がれ生命力を搾り取られていた場所には、その事実を否定し憎んだ貴様らが、同じように、英霊たる貴様を存続させるために己らの体を機材として改良した凛の残骸と、そんな機材と化した彼女と繋がれた貴様がいたのだからな」
「―――凛……が……、あの教会で? 」
「その通り。ああ、そこには手紙と、転移装置もあったよ。その装置の座標は常に変動する高さの地表の高さを観測する装置と繋げてあり、起動すればオートで地上に出られるよう、設定されていた。転移装置の傍らには、もう一通、機械オンチの彼女が必死に勉強して解読したのだろう結果の説明が記載された手紙が置かれていた。いやはや、健気で用意周到だとは思わんかね? ……まぁ、そちらは別段役に立たぬ素人の気遣いでしかなかったので、いらぬと思って燃やしてしまったが」
「――――――っ! 」

感情は奴の一言一言ごとに一々反応して、激しく躁鬱を繰り返す。その鬱屈と驚愕の間で揺れ動く感情を見物して愉悦に浸るのが奴の目的とは知っていながら、しかし私は、奴の言葉に反応するのをやめられない。凛という恩人の事を乏しめられ、侮辱され、それでも平然としていられるほど、私は出来た人間ではないのだ。

「どういうことだ! 答えろ、言峰綺礼! 」
「ははっ、主語がない質問に答えられるものか……、と言ってやりたいところだが、特別に気持ちを汲み取って答えてやろう。―――なに、そうして貴様と凛を見つけた私は、彼女の望み通り、貴様を地上に送ってやったのだよ。ああ、もちろん、試運転をした上でな」
「試運転……? ―――まさか、貴様! 」

思いつく限り最悪の想像。決してあって欲しくない想像をしかし奴は読み取ったようで、告解を終えて罪の赦しを乞う信者に向けるような、なんとも朗らかな笑顔で言ってのける。

「生きているものを送る前に、命のない存在で安全性を試すのは当然のプロセスだろう? ちょうど貴様の側に、同じような人型をした装置があったから、先に地上に送ってやったのだよ。―――適当な座標軸に合わせてな。さて、彼女の方は確か、大幅に数値大きく変化させて空の上に転送したから、今頃あるいは、文字通り天の国に召されているかもしれんぞ」
「――――――!」
「おお、主よ、永遠の安息を衛宮凛に与え、絶えざる光を彼女の上に照らし給え。衛宮凛の安らかを憩わんことを」

アーメン、と奴はわざわざ丁寧に十字まで切る。それが限界だった。もはや触れる触れないの縛りなど関係ない。この男は、こいつは、この場で殺しておかねばならぬ男だと、肉体も、魂も、精神も、この体を構成するすべての要素が叫んでいた。

目の前に佇む黒い影に思い切り振りかぶった拳をぶつけようとして、しかしやはり予定通り空を切る拳を、けれどそんなことは知らぬとばかりに振り抜いて、その影をどうにかこの世から消し去ってやろうと、何度も拳を宙に空振らせる。

「言峰! 貴様ァ! 」
「はははははっ、そうだ、いいぞ、アーチャー、否、エミヤシロウ! 貴様のその、世界の全てを感情の発露の対象としてもまだ余りあるような、憤怒、憎悪、嫌悪、殺意! その全てが何とも心地よい! 」
「貴様! 言峰綺礼! なぜだ! なぜそんなことをした! 」

口から出た問答に意思は伴っていない。ただ怒りのままに飛び出しただけの定型文に、しかし奴は笑いながら、心底愉快そうに、笑って答える。

「はは、聖堂教会の神父が英霊たる男の参戦を祝福し、手助けする理由は決まっているだろう? すなわち、聖杯戦争の幕開けだ」
「なにを! 」
「そうだ、エミヤシロウ! これはあの聖杯戦争の再現なのだ! 戦争を最後に勝ち抜いた勝者には、万能の願望器が与えられる。その再現。それこそが、我が主の望み! それこそが私が心底望むものなのだ! 」

言峰はもはやこちらの意思など御構い無しに、ただ己の言いたいことを喚き散らすだけの、狂人に成り果てていた。いや、狂気に陥っているのは、元からであるが、ともあれその様に心底憤怒と嫌悪をしながら、しかしそんな奴を排除できぬ己の身を呪いつつ、私はやがてその最悪の悪夢から、これまででも最も最悪な事実を土産に、現実へと引き戻される事となる。

「―――言峰綺礼! 」

咆哮とともに、体を起こす。虚空を切った腕は体の上に乗っかっていた掛け布団を、遠慮なく壁の方に吹き飛ばし、薄い窓に悲鳴をあげさせた。殺意の発露として荒げていた呼気が、空気中の水分と反応して、宙に白い靄を生む。

「―――はぁ、はぁ、っ、はぁ、っ、はぁ」

治らない。悪夢の中、呼吸のでる暇を与えず叩き込んだ意味のない連撃は、現実の体にも影響を与えて、疲労の回復しつつあった体を、昨夜の状態へと戻していた。

「――――――、くそっ! 」

ベッドに思い切り拳を振り下ろす。白のシーツに吸い込まれた拳は、瞬時に布を引き裂いて、中に仕込まれていた羽と、綿と、バネとが勢いよく飛び出てくる。三つの異なる素材のそれらは、綯い交ぜに宙を舞って、己の醜態を形にした。

「―――言峰綺礼……! 」

腹の底から湧き上がる心底の怒気とともに生まれた言葉が、部屋の空気を揺らす。散らばった三種の異物は、私の声を恐れるかのように、離れた地面の上でその身を震わせていた。

「――――――」

怒りが収まらない。彼女を利用したという事実が、彼女の覚悟を汚したという事実が、胸に残る彼女の記憶と笑顔、手紙の言葉と混ざり合い、過剰な化学反応を起こして、ニトログリセリンの爆発どころか、核の融合に匹敵するエネルギー量を生んでいた。

「――――――っ! 」

収まらぬ怒りのまま、握っていた破けたシーツを持った手を頭上高くゆっくりと持ち上げると、もう一度、感情の発露として物に八つ当たる無様を晒す。英霊の渾身の力を一身に浴びたベッドは、拳が叩きつけられた瞬間、その部分から見事に割れて、二つに身を分けた。

「――――――言峰ェ! 」

それでも発散しきれぬ思いが心中を飛び出して、喉元を震わせて言葉となる。我が身を焦がし、周囲を破壊して、なおも収まらぬ猛り狂う灼熱の憤怒を撒き散らす醜態は、やがて異変に気がついた女将が部屋を訪れて、しゃがれた高い悲鳴をあげるまで晒し続けることとなった。

「――――――」

三層番人を倒した、その次の日の昼。怯えさせてしまったことを詫び、それでも今までと変わらぬ態度で接してくれるインに感謝をしながら、壊した物の代金を払った私は宿を出て、しかし未だ収まらぬ怒りを胸の内に携えながら、エトリアの街を歩いていた。

天空で燦々と輝く太陽は、未だ収まらぬ私の腹の灼熱の猛火を反映したかのような熱量を周囲にばらまいて、街の中から水気を悉く奪い、熱と蒸気を提供する石畳の地面は、焦熱地獄の様相を呈している。

その、負の感情に浸る私を許さない、と言わんばかりのあっけらかんとした陽光は、今の怒りに満ちた私にとって、文字通り火に油を注ぐような不愉快な説教以外の何者でもなく、私はその鬱陶しい日照を拒み跳ね除けるよう、肩を切って街をゆく。

人気は不機嫌を露わにする私を前にすると、葦の海の如く割れてゆく。そうして生まれた人波の壁の中を歩いていると、三層攻略の情報が出回った街は、やはり以前番人を倒した時のように、どこもいつもより賑わい、冒険者のばら撒く噂話で溢れている事に気が付ける。

やがてそうして怒りに身を任せながら、街中を歩いていると、纏った怒気を貫いて、大きな話し声が鼓膜に響いてきた。

「な、知ってる? 今回三層の番人を倒すにあたって、六人で行って、一人死んだんだと! 」
「あー、やっぱり、六人っていうのがダメだったのかなぁ」

知らずの事とはいえ、知人を失い、そうして不愉快な悪夢に苛立つ私を前に、無神経にも声を大にして不機嫌な話題を提供する無遠慮な輩に苛立ち、今の鬱憤全てをぶつけるかのように威圧をばら撒いてやると、遠慮ない会話をしていた冒険者たちは即座にその感覚を敏に捉え、こちらをみて、そして腰を抜かしてへたり込んだ。

「―――っひ」
「……お、おに」

その無様すらも腹が立ったので、わざわざ立ち止まり、じっくり睥睨してやると、彼らは意味をなしていない言葉の羅列を喚きながら、無様に走り去っていく。その様を見ていた周囲の見物人どもは、彼らの様子を呆然とした様子で見てそして私の方へと視線を移し替えると、途端同じような硬直してその場で立ち止まり、即座に目線をそらす。

―――懸命だ。おそらくは、少しでも私と目があっていたのなら、彼らも先ほどの二人と同様の運命を辿ることとなっていただろう。

そんな彼らの動作すらも、怒りの感情を再燃させる燃料となる事実が我ながら鬱陶しく、私は表通りを離れて裏路地へと体を滑り込ませた。そうして太陽の熱が未だに伝わりきっていない影の街を歩いていると、周囲の怜悧は私の発散する熱量を収めるのに一躍買ったようで、私はようやく徐々に普段通りの平静を徐々に取り戻してゆく。

落ち着いた頭は冷静を命じて、その作業に注力せよと命じてくる。気化していた気持ちを冷却させて状態を安定化させる作業に努めるべく、陽光に照らされて出来た影の中の部分、その淀んだ空気に身を浸しながら進む。影の壁面にこびりついた湿ったカビ臭さは、周囲に八つ当たりをぶちまけていた無様な自分にはふさわしい、鬱屈さの象徴である気がした。

言峰から得られた情報をまとめて整理しようと試みるが、まるで頭に焼けた石が入っているかのように、頭の中がかっかとし続けていて、まるきり考えがまとまらない。

このザマでは、まともに推論はできなかろうと、一旦は思考の余計を取り除いて空っぽになった頭で、光の照らす道を避け暗がりの中を選んで街中を歩いていると、いつの間にやら、街のはずれにあるギルドハウスに辿り着いていた。入り口に飾られている看板を見ると、漢字で「異邦人」との名が刻まれている。

影の中から覗く、未だに違和感を覚えることもある未来世界の中に混ざる見覚えのあるその三文字は、さまざまな疑念渦巻く暗中に差し込む光となり、私は誘われた蛾のように影より足を踏み出した。途端。

―――眩しい

影から顔を出した瞬間、日差しが暗闇に慣れていた瞳に襲いかかり、暗澹たる気分までかき消された気がした。まともになった頭と眼でもう一度漢字三文字を眺めると、影の中からでは眩しく見えた三文字は、光の中においては見事に周囲の光景と平凡に溶け込んでいた。

光に背を押されるようにして、ギルド「異邦人」のハウスの扉を何度か叩く。すぐさま扉は大男に開かれ、彼に招かれて、私は家の中へと足を踏み入れる。ダリの案内に従って一つ扉の向こうにある部屋に足を踏み入れると、そこには犠牲一人を除く、「異邦人」全てのメンバーが勢揃いしていた。

「まぁ座ってくれ」

言われるがままに座ると、

「まずは礼を。エミヤがいてくれたおかげで、私たちは多いに助けられた。感謝する」

ダリは言って座ったまま頭を下げた。仲間が死んだというのに、なんとも冷静な男だ。周りの三人は、ダリを倣って頭を下げた。私は何と返していいか困った。私がいなければ彼らは死んでいただろうことは確かだ。だが、私は彼らに対して最高の望むべき結果を提供できたわけではない。一人の尊い犠牲のもとに、運良く帰ってこられただけなのだ。

「いや……、ああ、そうだな」

躊躇は結局、横柄な態度での返事を生んだ。しまったと思うがもう手遅れだ。口から出た言葉を取り消すことはできない。私がその後の返答に窮していると、窓辺に立っていたサガが口を開いた。

「まぁ、ある意味であいつらしい死に様だったよな」

そのあっさりとした物言いに驚愕し、思わず目を見張りサガの顔を眺めた。彼は小さな体
にとぼけた表情で、こちらの視線は一体何が原因だろうかと首を傾げていた。

その顔からは一切の悲壮感が感じられず、昨日シンという人物の死にあれだけの狂乱を見せた人間が、こうもあっさり彼の死を認める言葉を口にするというその異常は、あまり付き合いのなかった私ですら異常と感じ取れる、強烈な違和感を生んでいた。

「うむ、確かにそれは一理あるかもしれん」

ダリが平然と頷く。確かに冷静を形にしたかのような彼ならいうかもしれないが、それにしても、こうも仲間の死んだ翌日に平然とそんなことをいってのける良識のない人物には見えなかっただけに、私は二度目の驚きを得て、隠しきれない思いを露わにした。

そうして固まっていると、やがて二人はお茶と菓子を用意してくると呑気に言い放って、台所へと消えた。その鼻歌でも歌いだしそうなあまりの陽気さは、私は昨日のシンの死が何かの間違いであったかと思ったほどだった。

驚愕のまま、ほかの二人を眺める。すると、ピエールと響は、一瞬、理解者を得て、喜び、しかし、困ったような、そして哀切をも含んだ、複雑な笑みを浮かべて返してくる。どうやらあの男女は男二人のようなことはなく、シンの死をきちんと認識しているらしい。私がそうして驚愕の視線を向け続けていると、響はおずおずと、そしてなんとも悲しげに言った。

「エミヤさん。この世界は、一度寝ると、悲しいとか、寂しいとか、苦しいとか、痛いとかだけの感情は消え去ってしまうんです」

言われた言葉に絶句する。私は瞬時に夢の中における望まぬ会談の内容を思い出した。

―――魔のモノは人の負の感情を己の糧にする

負の感情。それは殺意、憎悪、悔恨、嫉妬、苦痛といった、要素だけではなく、悲哀、悲嘆、痛切、哀切、不憫も、憂鬱も、消し去ってしまうというのか。言峰の話が事実であるということを見せつけられて放心に近い心持ちでいると、ピエールがその後に続く。

「サガは、シンが死んでしまった直後、気を失ってしまいましたからね。そのせいでしょう。ダリは、まぁ、元々、他人に対して冷徹なところがありますから……」

ピエールは珍しく、寂寞を携えた表情で尻すぼみにいう。おそらくは、皮肉ばかりの彼にしては珍しく、二人のことを真に庇いだてしているのだ。そうして意外な面を見せた彼の言葉に、しかし疑問を抱いて、聞き返す。

「まて、それが事実だとして、何故君達は、そのことを覚えている。いや、まて、そうだ、おかしい、確か、シンはそんな負の感情に基づく闇のようなものを抱えていた。そうした負の感情が残らず消えるなら、彼がああも鬱屈としたものを抱え込んでいたのはおかしい」

私は必至の否定を行う。思うに、昨晩言峰より聞かされた話がよほど受け入れ難かったのだろう、奴の言ったことは真実であると裏付けるような事実なぞデタラメだと、子供のような言い訳をしてみせる。

しかし。

「ええ、ですが、おそらく彼の場合は、鬱屈の中にも、どこか憧れのようなモノが混ざっていたのでしょう。そうして、気分を優れさせる感情が混ざった負の感情は、なぜか消えることなく残ってくれるのです」
「私もピエールにそのことを聞いて驚きました。でも、そうして彼が教えてくれたおかげで、私は彼の事を想って、嬉しいの中に悲しいという事を混ぜているから、そんな悲しさを残していられるのです」

―――見事なものでな。そこに正の感情という不純が混ざったものはいらんという、偏食家っぷりを見せる。奴は、真に悪意のみを食らう、名前に反してまさ正義の味方のようなことをやらかすのだよ

「―――っ」

己が否定として出した問題の答えは、言峰の言葉と符合するという結果をもってして、現実の刃を突きつける。信じぬ信じないではない。もはやそうだという事を信じざるを得ない証拠を突きつけられて、背筋に冷たいものが走る。

と、同時にこの世界の住民が、人に他人に対して無遠慮であったり、素直であったり、優しすぎる住人の多い理由を見つけた気がして、ひどく納得した。彼らの多くは、そうした凝縮した負の感情がもたらす悪影響を受けていないのだ。

彼らは憎しみを溜め込まない。彼らは怒りを溜め込まない。彼らは不安を溜め込まない。彼らは、周囲の環境の状況を肌で感じ取ったままに表現し、街や周囲に発散する。

そう、そして、彼らは、悲しみを溜め込まない。溜めておけない。ああ。

―――この世界の住民は、そんな切ない世界に生きているのか

「―――よぉ、あったかいのと冷たいの、どっちがいい? 」

奥から投げかけられるそんな無邪気なサガの言葉が、これ以上現実を否定する事は許さないとばかりに、私にトドメの一撃を投げつけた。

世界樹の迷宮 〜 長い凪の終わりに 〜

第十話「悲しみは留められなくて」

終了