うさヘルブログ

気持ちの整理のために開設。うさまるとデスヘルが好き。最近は、気持ちの整理とダイエット報告がメインになってきています。

世界樹の迷宮 ~ 長い凪の終わりに ~ 幕間 3 真実はまた別の謎を呼び  

幕間 3 真実はまた別の謎を呼び

 

「馬鹿な! ありえない! 」

「ほう、王たる我の言葉を疑うとは不遜な。だが剛毅でもある。言うてみるがよい。貴様はいかなる理由を持ってしてありえないと申すのか」

「何もかもだ! まずもって、貴様の言った出来事には確かに唯一神教の神に絡んだ出来事であるが、時代系列も出来事も何もかもがめちゃくちゃだ! シナイ山の神はYHVHかもしれないが、預言者が油を塗ったから蘇った訳ではない! エリヤやエリシャが油を塗ったという伝承はあるが、むしろその事についてYHVHは、油を塗り、王や指導者、預言者を指名する立場のはずだ!死後復活したのはキリストであるし、そもそも、第一人の身で神霊を召喚できないのは、貴様も承知のはず……。そんな事、マシンスペックの足りないパソコンで人類の未来を演算しろというようなもの! 星に等しき巨大な概念的存在、召喚どころか知覚した途端、理解が追いつかず霊格が破損する! そもそも、人が神を召喚できないというのは、貴様が言ったのだろう、ギルガメッシュ!だからこそ、貴様という半身半人の英霊が呼び出されたのだと! 」

 

思考の忌避反応ゆえか、奴の言動を拒絶する言葉が立て板の上を水が流れるがごとくスラスラと生じた。それほどまでに、私にとって、YHVHという存在がこの世の中に召喚されたという事実は信じがたいものだった。

 

「ふむ、確かにそれは不快ながらも、我の口から出た言葉であるのは事実だ。だがな、フェイカー。同時に我はこうも言ったぞ? 新人類は旧人類に比べて霊的知覚能力の高く、エルに等しき人間でもある。故に、この地はバブ・イルに等しいのだと」

「……なに?」

「物事には順序というものが存在する。先にも言うた通り、今日の我は非常に気分が良い。そう慌てずとも、我が手ずから、自ら全てを明かすと言っておろう」

「……」

 

英雄王の目が細められ、眼光がぎらりと鋭く光る。奴がこちらに向ける視線は、まっすぐで嘘はない。いや、そもそも、この男は嘘をつくなどというまどろっこしいことをするくらいなら、全てのカードを明かして手の内を見せる男だ。

 

―――そう、少なくとも、今のところ、ギルガメシュはたしかに、私が疑問として抱えている事象に対して、完全な答えを返してやろうという気分でいるのだ

 

「さて、まず神霊の召喚の不可能性についてだが……、確かに貴様の言うた通り、通常なら不可能な所業よ。星の代行者であり、自然の摂理でもある神という存在、通常ならばこの世に呼び出すことすら難しいだろう。だが、要は、呼び出す神が持つ信仰のエネルギーに匹敵する量と質のエネルギーがあれば良いのだ。すなわち、それを補うためのいくつかの要因が重なれば、神霊の召喚という所業も可能となる」

「いくつかの要因?」

 

首をかしげると、奴は尊大に首を縦に振り、口を開く。

 

「そうだ。例えば此度のように呼び出す神霊の信仰が衰退していれば、その神霊の召喚は通常よりも容易い事となる。フェイカー。貴様はよほどYHVHを過大評価しているようだが、そもそも遡ってみれば、あれはただの一個人が酔狂に拝めていた神にすぎん。我が治世を行なっていた時代においては家族レベル、共同体レベル、国家レベルで異なる神を拝めていたが、その中でも最底辺の、一つの家族が勝手に拝み出したもの。すなわち、唯一神ではなく、一個人の拝一神だ。それが強大な力を持ったのは、やがて歴史の中で多くの信者を獲得したからこそ。すなわち、その信者が残らぬこの地においては。YHVHはバビロニアにおいて、奴らの言い方でその存在を表現してやるなら、最高神/エルヨーンではなく、神々/エロヒムの中に数多存在する一柱の神/エルにすぎん。まぁ、これはそのほかの神にも言えることではあるのだがな」

「ただの……、一つの古き神に過ぎないと……?」

「然り。しかし、先に述べた通り、奴や、奴を含む全ての神霊はこの今という時代において、古いという神秘のアドバンテージを保有するため、いまだ単に呼び出そうとしたところで、その召喚は不可能である。奴が自ら神格を落とし、人の位置に身を落としてまで真似をすれば別かもしれんが、あの嫉妬と呪いの神がそのような劣化召喚に応じるとは思えん―――ともあれ、ここで重要のなるのが、先ほどももうした、量と質よ。そして幸いにして、この地は旧人類と比較すれば、霊的知覚能力が高い人間、すなわち、奴らからすればエルに等しき、エロヒムが繁栄するバブ・イルの大地」

「……、つまり、その宗教に関連した儀式を、エロヒムである我らが大勢で行えば、一個人の神でしかないエルを召喚することは可能である、と? 」

 

奴の内容から話を纏め上げ、先読みすると、奴は少しばかり感心の色をその瞳の中に携えた。

 

「ほう、少しは自らの頭で考えるようになったではないか―――、如何にも。付け加えるならば、無関係のものが宗教的意味を持つ儀式を行うよりも、宗教的意味を持つ名を含んだ者が儀式を行う方が良いのは言うまでもない。―――混じり気のない神などというものはな。そこいらの食堂で出てくる料理と同じよ。過去の古いレシピを利用して、手順をなぞってやれば良いのだ。シェフという存在が出来上がる料理の名を知らずとも、材料と手順さえ合致しておれば、確実に料理は完成する。加わえて料理を作りあげた者の名が、かつての有名人と合致したのなら、ほれ、もう立派な再現よ。また、完成する料理の名が神というのであれば、料理を行う調理場が祭壇という場所であれば良いのは言うまでもない」

 

奴の言い様は非常の神霊という存在を見下したものであったが、たしかに一定の説得力があるようにきこえた。しかし―――

 

「―――エリヤ、もしくは、エリシャが油を塗る。YHVHが山に降臨する。神の名前を持つ者が復活する。―――確かにそれらは宗教的意味を持つ行為かもしれない。だが、貴様の話が真実だったとして、たった三つの出来事が重なった程度で―――」

 

言いかけたところで奴は首を振る。黄金の髪が揺らぎ、拒絶の意思が露わにされる。

 

「三つなどではない。……シンなる男は、貴様を絶対存在として敬意を評していた。すなわち、貴様は、シン=ナンナ=YHVHにとって、エルヨーンに等しき存在だったのだ。そのような存在に油を塗られる、すなわち王として認められる行為は、嗣業を与えられる行為、すなわち、申命記三十二章の出来事に等しい。これで四つ」

「……」

「そして、そこなピエールなる男。すなわち、初代教皇ペトロのフランス語読みである男が復活を喜び涙を流し喜んだこと。すなわち、コリント信徒への手紙一、十五章の出来事である。これで五つ。そして―――アシェラだ」

「アシェラ?」

「そう。かつての時代、奴の配偶神と見なされた女神。アシェラとはすなわち、我が創世神話『エヌマエリシュ』に登場するアンシャル神を起源とする、男性神アッシェル神の豊穣の権能面より抽出されたイナンナ、すなわちあの忌まわしきイシュタル的な女神である。―――それが二重に貴様らに関わっているのだ」

「二重に?」

「一つは、フェイカー。貴様が宿としているインと言う女だ。イン/innという名はすなわち、イナンナの名に通じる。そしてその女が構える場所が宿であるというならば、そこはすなわち、あやつの神殿に等しき領域。入り浸ると言うことはすなわち、イナンナの加護を得ているということに通じる。つまりは、フェイカー。貴様は、アシェラ、すなわち、YHVHの配偶女神の加護を得た男なのだ。これで六つ。さて、もう倍になったぞ? 他にも挙げればきりがないほどの拝一神的要素を、貴様らはこれまでの旅路において取得し、実践し、積み重ねきたのだ。そして―――」

 

ギルガメッシュは唇の両側を最大限にまでつり上げて、心底愉快だと言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。その面には興奮の色も浮かんでいる。その無邪気でありながら攻撃的な面なサディスティックな笑顔はしかし、まるで満月の様に見たものを狂わせる魅力に満ちていた。時と場所がここでなければ、万人を魅了しただろう。

 

「トドメとなったのが、先ほども述べたアシェラの二重要素の残りの部分よ。アシェラすなわちサガは、シンすなわちYHVHが復活したと認め、祭壇の上で叫び、周囲に知らしめたのだ。男のような、女。まさにそこなサガという雑種の特徴とぴったり符合するであろう? 」

「―――男のような女……? 」

 

ギルガメッシュの言葉に眉尻をひそめる。「奴は何を言っているのだ」と思いながらサガの方へと目線を送ると、異邦人の皆に囲まれている彼は、急に目線を向けられて小さな肩を震えさせながら、ボサボサの頭を小さく左右に振るっている。その弱々しいさまは常に溌剌とした彼の様子からは考えられない態度で、私はまるで少女のようだと―――

 

「―――まて、まさかサガは……」

「なんだ、気がついていなかったのか? イナンナはアフロディティ、ヴィーナスとなり、フレイヤとなり、サガとなった」

 

言いかけるといつのまにか目の前までやってきていたギルガメッシュは、サガの胸元へと手を伸ばす。奴の言ったことがあまりに予想外で、奴の所作があまりに自然な動きだったからだろう、私たちは皆、誰一人として反応できるものはいなかった。

 

「そも『サガ』とは、広く欧州圏において女性名詞である。男に付ける名としては不適なものであろう」

 

ギルガメッシュは我々が硬直している中を素早く動くと、サガの胸元を掴んで、思い切り引っ張った。絹の裂ける音が響く。現役なのかは知らないが、ギルガメッシュの膂力と握力は奴が受肉化した英霊であった頃と遜色ないものを誇っており、サガの衣服は抵抗することすら許されず、真っ二つに引き裂かれた。突然の暴挙にサガは反応することすらできず、ギルガメッシュが衣服を引っ張った方向とは真逆に、結構な勢いで床へと仰向けに倒れこむ。

 

「サガ! 」

「だいじょう……ぶ……」

 

どたん、と、サガの体が床を打った音が私とダリを再起動させた。慌ててサガの方へと目線を送ると、そして見えたものに驚く。

 

「……、嘘」

 

響の呟く呆然とした声が、やけに大きく聞こえてきた。上半身の衣服の前面を失ったサガは、首元から胸元までが露わになっている。小さい体は細く、鎖骨から胸、腹部まで下って行く中、筋肉というものがまるで存在しないかのように滑らかな曲線を描いていており、なんとも柔らかそうだ。特筆すべきは、その胸元だろう。

 

サガの胸は、少年の鳩胸……と表現するには不自然なほど、ほっそりとした体に不釣り合いな大きく丸みを帯びた乳房を兼ね備えていた。サガは胸元を隠そうともせずに立ち上がると、残った上半身の衣服とサガの背中の間から、ちぎれた布がいくつも落下した。多分、サラシだろう。彼……、いや彼女は、あれの白い布切れを使って無理やりあの豊満な胸を抑え付けていたに違いない。よくもまぁ、バレなかったものだ。

 

倒れこんだ際、背中と尻にについた埃を払い、胸を張った。体に不釣り合いな豊満な胸が揺れ、彼女が女であることを主張していた。

 

「―――なんだよ、悪いかよ」

「いや……、だって、サガ、前に迷宮で怪我した時に見たときは、胸なんて―――」

「一年でデカくなっちまったんだよ。悪かったな」

 

ダリは信じられない、という顔でサガの顔と胸元とを交互に見やる。やがてその視線は胸の方へと吸い寄せられてゆく。よほど現実が信じられないのか、ダリは呆然とサガの胸を眺めていたが、やがてダリは己のやった行為がどの様な意味を持っているのかに気がついた様で、不埒さに顔を赤らめながらふいと顔を逸らした。

 

年の割に純情な男だ。一方でそんなダリとは真逆に、シンは彼女を見下ろしたまま表情を変えず、オランピアがシンと同じく変わらぬ能面のような顔を浮かべ、ピエールがダリの反応を見てニタニタと笑う中、ダリは視線を逸らしたまま、唇をパクパクと動かした。

 

「―――なんで、お前……、いや、君は……」

「ほら、もう、男扱いじゃなくなった。―――嫌だったんだ。男と女の体は筋肉のつき方も骨格の成長の仕方も違う。俺だってお前らみたいにかっこよくなりたいのに、女はお前らみたくでかく成長しにくいからって、小さくても仕方ないって、馬鹿にしやがって。だから俺は、こうやって―――」

「サガ……、話は後にして、まずはその胸を隠しましょう?」

 

響はサガの言葉を遮ると、荷物から自らの服の予備を取り出すと、シンの目線を遮るようにして彼女の後ろから近寄り、抱きかかえるようにして衣服をサガの胸元に押し付けた。響の衣服は、響とサガの背丈が一緒くらいであるのが幸いして、ちょうどぴったり肩幅とマッチしている。なるほど、露わになった部分を隠すにはもってこいの大きさだ。

 

「なんだよ、俺は別に……」

「サガ、ほら、そう言わずに……」

 

サガは鬱陶しそうに響の押し付けてくる衣服を払うが、響は負けじと自らの衣服をサガの胸元へと引き戻す。その力や相当強いらしく、胸部に押し付けられる衣服とサガの体の間で胸が横にはみ出て揺れた。ダリが再び慌てて目線をそらす。

 

「いいって、こんな邪魔なもん、放り出したほうがさっぱりする―――」

「サガ……?」

 

響は首をかしげると、とてもいい笑顔でサガへと笑いかけた。先ほどの英雄王が浮かべたものとは違う、とても女性らしく柔らかい笑顔であったが、なぜか能面のように作られた笑顔であると感じる。月の面が袖の裏で般若に変ずる一歩手前の状態のようだ。

 

「 ―――、黙って、言うことを、聞け」

「――――――はい」

 

なんとも力強い断言とともに、響の体から殺気が連続して発散された。にこやかなのに目がまるで笑っていない。耳孔へと滑り込んでくる言葉は一区切りごとに大きくなり、段階的に心臓までを切り裂いてゆく。彼女の言葉はまさに刃であった。途端、サガは借りてきた猫のように大人しくなり、小さな体に不釣り合いな大きな籠手で素直に差し出されたものを受け取ると、籠手を外して、受け取ったものを着込んだ。

 

「ん、きつ……」

「―――」

 

直後、サガの発した言葉で部屋の温度が先ほどアンドロ製造場所レベルまで落ち込んだ。零下まで落ち込んだ気分。背筋をうすら寒いものが駆け上がってゆく。

 

「くだらぬ。嫉妬が元の仲違いなど後でやれ。今は王の御前であり、我の話の途中である」

 

一方、この状況を引き起こした張本人ギルガメッシュは、二人のやり取りを不機嫌そうな面で一言にて切り捨てると、我々より少し距離をとり、腕を組んで再び見下す様な姿勢へと移行した。どうも奴は、サガの性別が判明したことにより、話題の中心が自らでなくなったことに不快感を抱いたようだった。なんとも勝手な男だ、と内心嘆息する。が、同時に空気をまるで読まない奴の性格と行動に、感謝の念を送った。別の意味で、また心中にて、嘆息。

 

「―――ともあれ、我が神話を起源にする名を持ち、また、YHVHの配偶女神でも名を持ち、今、北欧神話に属する名を持つ者が、ジグラットであり、バーマーでもある、このグラズヘイムにおいて、高らかにYHVHの復活を叫んだのだ。そしてそれはグラズヘイムに敷かれた陣によって、新人類、すなわち、エロヒムの無意識の内に眠る、旧人類どもの拝一神YHVH=エルの知識と結びつき、シン=YHVHの復活は事実として広く無意識のうちに認識され、観測され、かくてYHVHは降臨したのだ」

 

奴の言葉によって、空気は再び響が撒き散らしたものとは別種の緊迫を含んだものとなる。真剣さを取り戻した私の頭は自然と奴との先程までの会話内容を思い出し、今の内容と共に合わせて咀嚼すると、やはり信じられぬ内容であると衝撃を受けた。

 

「それでも、人が神を召喚するなどと……―――」

 

呟くと、奴は失笑を漏らした。軽く浮かべた笑みの中には、もはや負の感情は残されていなかった。相変わらず秋の女心の様に機嫌を入れ変わりが激しい男だ。

 

「くっくっく、たしかに雑種ごときでは信じがたい出来事かもしれぬ。いや、むしろ確かに雑種がいくら集まろうが、不可能な出来事ではあったのだ。だがそこはほれ、最後の一押しがあったのよ。―――、新人類らの集合無意識下に巣食っている魔のモノとやらが肩代わりしたのだ。魔のモノとかいう存在は、貴様らの負の感情を食らう代わりに、新人類どもの霊的知覚を広げ、スキルなどを使う際の緩衝材がわりになるという役目を負っている。すなわち、魔のモノとやらは新人類が高次の存在と繋がるために足りぬエネルギーの質と量を補った、というわけだ。―――ああ、ついでに言うならば、新人類がYHVHを召喚した時の衝撃で、復活しつつあった奴の体は再び塵芥に返ったようだな」

「―――はぁ?」

 

ギルガメッシュの一言は、先ほどから続く予想外の出来事が正しく現実に起こったことなのであると認識するのに疲れ切っている頭を再び揺さぶり、もはや今日何度目になるかわからない、たった一言で疑念を呈する言葉を口にさせた。

 

「―――アレが復活させたキレイの知識を魔のモノ自身が吸収して聖杯を降臨させようと企んでいた事と、三位一体における精霊や悪魔の概念の源となったアンリマユを利用していた事も、YHVH降臨の後押しであった、というわけよ。はは、奴らも無様なものよの。しかして貴様からすれば僥倖であろう、フェイカー? 魔のモノの討伐し、赤死病の蔓延を阻止するという目的が解決したのだぞ? 」

 

誰もが口をぽかんと開けたまま動かない。赤死病という死病は、こんな訳も分からぬうちに解決してしまったという事実に、頭がついてきていない。なんとも呆気なく、そして実感のない目的の達成は、私たちの意識をはるか遠くの領域にまで吹き飛ばしていた。ギルガメッシュは「フェイカーどもが揃って間抜け面を晒しおるわ」と、大層上機嫌に笑っている。

 

「―――ギルガメッシュ。新たに質問をさせてもらいたい。―――、貴様が先ほど述べたことが真実だとして、なぜYHVHはこの場所でなく、エトリアにあるシンの死体の内に宿り、動き出したのだ? 」

 

しばらく奴の高笑いを聞いていた私は、それでもなんとか気を取り直して、別の疑問を奴にぶつけた。するとギルガメッシュは純粋な気色に満ちていた笑みへ攻撃的な色を混ぜると、片方の唇だけを釣り上げてを顔を傾けた。先程までと同じ様な相手を見下す態度だが、その視線が我々ではなく、窓の遠く―――おそらくエトリアの方向―――に向けられていることから、ギルガメッシュの軽蔑の意識はエトリアへと消え去ったYHVHに向けられているものだとわかる。

 

「は、大方、我―――、というよりも、我の持つ宝具『天地乖離す開闢の剣/エヌマエリシュ』を恐れたのであろう。奴の率いる民族はかつてアッシリアが崇拝していた神、エアの息子、マルドゥク神の加護を受けた国の前にこうべを垂れて膝をついた経歴を持つ。聖書にあるモーセの遺言においては信仰が本来の意味を忘れ、形骸化し、「格差社会」とやらが蔓延った結果だとほざいておるが、なんてことはない。あれはもともと一個人が編み出した妬みの神であり、自らを崇めなければ呪い殺すぞという手段でしか弱者を纏めることしか出来ぬ弱きエルであるのだ。故に、真であり祖でもあるこのバブ・イルという王国において、その王たる我とエアの座すジグラットに侵入することを恐れ―――、この場にあるシンの体をあきらめ、もう一つの方へと宿ることを決意したのだろう。我とあの存在は、征服したものと、されたもの。相性が最悪だからな。―――、ふむ……」

 

眉をひそめたギルガメッシュが指を鳴らす。すると、奴の周りを囲いこむよう、空中にコンソールが複数出現した。踊るかのように奴の周りを回転するコンソールの群れの画面には、山、川、海、海中、平原、草原、荒野、砂漠、崖、街、国など、世界中のあらゆる場所情景が投影されている。

 

やがて奴を覆い回転していたコンソールの群れが、奴の顔の前を次々と通過してゆく。コンソールは奴の顔を通過した途端、画面は再び別の場所の情景へと移り変わる。画面に映る光景は一つとして同じものがないことから、おそらくそれは世界中の光景なのだろうことが予測できた。

 

「―――どうやら奴は、シンとかいう雑種の体ごとこの世界から逃げ去ったようだな。しかも消え去る際、多くの新人類を連れ去ったらしい」

「人を連れて―――」

「この世界から―――」

「―――消える?」

 

ギルガメッシュは呆然と奴の言葉を反芻した私たちに反応すると、奴は自らの周りに浮かんでいるコンソールのうち一つの左右をくるりと反転させ、放り出すような所作をとった。するとコンソールはまっすぐ空中を進み、我々と一定の距離の場所の空中に停止する。見ろ、ということだろう。

 

「―――これは?」

 

ギルガメッシュの指し示した場所には、不自然な空間の断裂の歪みがあった。空中より一メートル四方ほどの空間が球の中心に向かって渦を巻くような形に歪んでいる。歪んだ空間の周囲では渦に沿って風が逆巻いており、周囲の地面の土や葉が渦に飲み込まれてゆく。やがて渦に飲み込まれた雑物は、その全てが姿を消すのだ。歪みはまるで底なし沼のようだった。

 

「この世界は、我と数名、あるいは数柱が、世界樹の上の大地を作り上げるため創生の役目を負って各地におるわけであるが、我のような強大な力を持つ存在では、細かな調整がきかん。畑が違うからな。王の役割は基本的に指示であるがゆえ、大雑把な作業はできるが、細かい調性は出来ん。そこで維持のため、様々な古代神話の伝承を用いた神殿を各地に建て、神を祭り上げることで、足りぬ部分を補填し、大地は維持されておる。だが、神話ごとにも、もちろん神話に登場する神霊ごとにも、それぞれ最悪の相性というものがある。フェイカー。貴様の神話で例えるなら、タケミカヅチタケミナカタのようにな。勿論ほとんどは起こらぬよう神殿は配置されておるし、異常を観察するため月に作り上げた施設を用いて地球を俯瞰し、世界から隠蔽するなどの常に対策を講じておるわけだが―――、祭祀の不在か、あるいは贄の不足か、時たまこうして、その漏れが生ずる。すなわち、これは世界樹の世界というものを維持するための歪みというわけよ」

「神話や神霊の相性が悪いため、空間が歪むというのか? 」

「然り。神殿に祭られたもの同士の相性が悪かったり、相性が良すぎたりすると、時たま、こういった時空間の捻れ、歪みというものが発生する。行き先は知らぬ。通常は発生してもすぐさま原因を特定し、潰してしまう故な。―――だが……」

 

ギルガメッシュは、再び不機嫌そうに眉尻をひそめると、組んでいる両腕の指先のうち、一本を上下に動かした。同時に目の前の画面が多少ぶれる。そして直後正常に戻った画面の上には、やはり変わらず歪みのある光景が映っている。

 

「奴はどうやらその歪みを利用して、別の次元へと逃げ去ったようだな」

「―――平行世界ということか? 」

「その通り。しかも、なにやら歪みに小細工を残していきおった」

 

ギルガメッシュは憎々しげに吐き捨てた。

 

「小細工? 」

「そうとも。おそらく奴はかっさらった連中を信徒とすることで、多少昔の力を得たのだろう。小細工を弄して歪みが消えぬようにしていきおったわ」

「歪みが消えないとどうなるのだ?」

「知れたこと。蟻の穴から堤が崩れるように、やがて矛盾は拡大し、世界の崩壊に繋がるだろうよ。―――すなわち、この大地の崩落だ」

「な……」

 

一難去ってまた一難という非常事態。いや、それどころか赤死病が広がり、人類の多くが徐々に死んでゆくよりもよほど大きな人死の出来事が起こるというギルガメシュの宣言は、私はおろか、異邦人の皆と、果てに、今まで沈黙と冷静の態度を保っていたオリンピアすらをも、驚愕の渦に叩き込んでいた。

 

「無論、我の力で抑えておるがゆえ早々大事には至らぬ。が―――、あるいは、向こう側に逃げ失せたYHVHが信者を獲得し、力を付け、再び舞い戻って来た場合、―――」

 

ギルガメッシュは眉間にしわを寄せて、言葉を切った。その先に続く言葉は、言ってしまえば現実になるかも知れないと思ったのか、あるいは自身がそう思ったことや、YHVHによって思わされたことが、奴にとって不愉快な出来事だったのだろう、圧倒的な不愉快を表す重圧を周囲に撒き散らしながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

ギルガメッシュは傲慢ではあるが、愚かではない。おそらく、仮にYHVHがかつての力を十全に取り戻してこの世界にやってきた場合、霊脈が循環する施設と一体化している自身であっても負けるやもしれないとの可能性を考慮したのだ。

 

しかしギルガメッシュは英雄王であり、天下で唯一、他人とは隔絶した別の場所に置かれるほど自身には特別な価値のあると信じている者である。そんな男は、だからこそ、負けるかも、などという結論を叩き出した自らの頭脳を憎み、そしてまた、そんな結論をはじき出させたYHVHという存在のことをそれ以上に憎悪した、と、そんなところだろう。

 

「―――我にとって、この世界の維持など余興にすぎん。所詮は泡沫の夢。強敵を前に尻尾を巻いて逃げ出すような小物を追いかける趣味はないが―――」

 

ギルガメッシュの声が徐々に低いものへと変化する。空気が重苦しいものへと変化してゆく。吸うも吐くもままならない。胸が押しつぶされそうなほどの迫力。人の血が混じっているとはいえ、奴はまごう事なく神霊の性質も兼ね備えている事を改めて理解する。

 

自らの気質でその場の全てを己の領域へと塗り替える所業は、まさに人という存在には敵わない、神気のみが可能とする技。奴はまさに、人が、崇め、恐れ、奉り、祭りあげて、なんとかその強大な力を利用しようと、情けを受けようと、手綱を握ろうと、その恩恵に肖ろうとした存在そのものだった。

 

「―――偽物であるとはいえ、我の治めるバブ・イルの名がつく大地より所有物に手を出した挙句、掻っ攫っていった罪は裁かねばならぬ。我が王国において我が敷いた法を犯した愚か者には罰を与えねば、国というものは成り立たん―――、おい、フェイカー! 」

「―――なにかね?」

 

奴は体より発散する気配をまるで収めようともせず、むしろ私に当たり散らすかのよう、強く私の事を読んだ。身体中を駆け抜ける奴の怒気をなんとか受け流すと、私は応対する。

 

「貴様に我が尖兵となる栄誉を与えよう。―――歪みの向こう側へと逃げた奴を追いかけ、素っ首を叩き落として参れ」

「―――私が?」

 

私にYHVHを倒せというのか? 神を? 力が落ちているとはいえ、かつては世界の支配者と読んでも過言でなかったあの神を、元はただの人間に過ぎないこの私が?

 

「そうだ。我が言葉、聞いていたであろう? 奴をこのまま放置しておけば、やがてこの世界の崩壊につながる可能性がある。我としては別にそのような事態になろうと構わぬが、我が所有物を奪われた挙句、王国を崩壊させられたとあっては、我の沽券にかかわる。本来ならば直々に出向いて処罰を与えたいところだが、今の我はこのグラズヘイムと一心同体。表立って動くと面倒なことになるのは明白であるし、何より我がこの世界より失せた時、我が王国は崩壊するゆえ、この領域より外に出ることすら叶わん。―――よって、不承不承ながらも王国の民である貴様に、討伐を命ずるのだ。人の世の崩壊を防ぐため邪魔者を排除するなど、元は世界の走狗として掃除に励んでいた貴様にとって、慣れ親しんだ作業だろう? 」

「――――――」

 

ギルガメッシュの命令は非常に腹の立つ口ぶりではあったが、話す内容からして間違った判断でないことは明らかだった。YHVHを倒さねば世界の崩壊があるかもしれない。人が大勢死ぬかもしれない。幸せを享受している人々が、自身とは関係ない場所より生じた悪意により、不幸のどん底に落ちてしまう。そんな可能性を提示されては、たとえ相手がどのような強大な力を持っている相手だろうと、引くわけにはいかない。それは私の誇りなどよりも大切な、譲ることのできない矜持だ。ならば―――

 

「貴様の思惑に乗るような形であるのは正直気にくわないが、その依頼、承ってやろう、ギルガメッシュ

「王命であるゆえ、そもそも拒否権など存在せぬわ、愚か者が。―――だが、二つ返事でなかったとはいえ、否定や疑問なく受託したことだけは認めてやろう。……受け取るがいい」

 

奴は組んでいた腕を崩すと、自らの空間の周囲を歪ませ、そこに手を突きいれ、そしてなにかを取り出し、こちらへと放り投げた。それは小瓶だった。原始的な曇りガラスの中では、不可思議な色をした液体が揺らいでいる。

 

「これは?」

「飲めばたちまち全盛期の頃の力を取り戻せる、滋養強壮の薬のようなものだ。支度金がわりに貴様へくれてやる。励むがよい」

 

言うとギルガメッシュは片腕をあげ、そして勢いよく振り下ろした。私のみならず、仲間の体までもが白色の光に包まれた。

 

ギルガメッシュ、なにを……!」

「見たところ貴様は今、万全な状態ではあるまい。しかるに体調を整えてから、賊の討伐に旅立つが良い。王命を受託した部下に対しての気遣いという奴よ。寛大な我の心に感謝するがいい」

 

その言葉を最後に、私たちの視界は白色の光により完全に埋め尽くされる、眩いと感じるよりも先に、浮遊感が私たちの体を包み込み、そして―――

 

 

「……、ここは?」

『準備ができたら、再びこの場所へと参上するがいい。歪みの場所まで導いてやる』

 

白色の空間に身が置かれていたのは一瞬、ギルガメッシュの声に反応して目を開けると、暗闇と、それを照らしあげる微かな炎が私たちを仄かに照らしあげる中、シンの目が赤く光っているのを見て少しばかり驚き、私はたたらを踏んだ。赤外線を放つ目は拡大と収縮を繰り返すと、周囲の光度を分析し、調整し終えたのか、一定の瞳の大きさでとどまり、止まった。

 

「―――ああ、すまない。そうか、もう違うことを忘れていた」

「……いや、こちらこそ気遣いと配慮が足りなかった」

 

互いに謝辞を交わし合うと、気を取り直して、周囲を見渡す。窓一つない、牢屋に似た、鉄格子のある室内に私は覚えがあった。ここは―――

 

「転移所? 」

「どうやら、シンのいうとおり、私たちは戻ってきたようですね」

 

ピエールは真っ先に立ち上がるとあたりを見渡し、怪訝そうな顔を浮かべると、私たちの方へと向き直り、口を開く。

 

「―――どうも様子が変です。色々と疑問は尽きませんが、まずはこの場所から出ましょう」

 

 

暗がりの中から出ると、強烈な光が目に飛び込む。時刻は昼過ぎ。エトリアの街を行き交う人々の数が最も増える時間帯である。だが。

 

「……、どうなってんだ、こりゃ」

 

常なれば石畳を靴底が叩く音で賑わうはずの道に、サガの声が虚しく響き渡る。ほとんど蚊の鳴くような声であったにもかかわらず、彼女の声は真っ昼間の路上を支配する唯一の音源であった。

 

「やはりここの入り口にも衛兵はいませんね……」

 

ピエールの高い声のつぶやきが再び路上唯一の音色となり、反響して建物の影の中にか細く消えてゆく。異常な事態は沈黙を呼び、私達は無言のままベルダの広場へと足を運ばせた。

 

街を縫うように伸びた道を歩き目的の場所にたどり着くも、広場に敷かれた石畳の上を駆けてゆくのは風ばかりで、冒険者同士が声を掛け合う姿も、こっそりと彼らに声かけをする商人の姿も、それを目ざとく見つけて咎める役目の衛兵の姿も見当たらなかった。人の気配を失い、静寂が支配する広場において、広場の中央に存在するオベリスクだけが暮石のように存在感を放っており、不気味さをいっそうに助長させていた。

 

「人を連れ去る、か」

 

眠ったように静まり返った街は、私にギルガメッシュの言葉を思い出させた。言葉にすると、それは自然と周囲にいる仲間たちに浸透し、サガが狼狽した様子で周囲を見渡し、いくつもの窓を背伸びして覗き込み、嘆息する。

 

「武具店にも、酒屋にも、人が見当たらねぇ……、店や家の中に引っ込んでるってわけでもなさそうだな……」

「……、とにかく、予定通り一度執政院に向かおう……。シンの復活も含めて、クーマに報告しないと―――」

 

ダリが被せ気味にサガより大きな声で提案する。彼の言葉に反対するものは、この場に誰一人として存在しなかった。