うさヘルブログ

気持ちの整理のために開設。うさまるとデスヘルが好き。最近は、気持ちの整理とダイエット報告がメインになってきています。

世界樹の迷宮 〜 長い凪の終わりに 〜  幕間 2 神話の世界に偽りの神々は降臨し

幕間 2

神話の世界に偽りの神々は降臨し

「その呼び方……、貴様、まさか本当に……!? 一体なぜ、グラズヘイムに……いや、一体なぜ、この時代に存在している……!?」

「なぜ。くく、なぜ、と我に問うたか。あいもかわらず自らの頭で物事を考えようとせず、他人に答えを求めるばかりなのだな、フェイカー……? 生まれ変わろうが、貴様にはオリジナルというものがない……。だから、貴様はいつまでたっても、自らの救いすら見つける事ができんのだ! そのような様で万人救う正義の味方になりたいなどと妄言を吐くのだから、滑稽なものよ!」
「なっ……」

いきなりの罵倒に反論の言葉も出せないほど息を大きく飲んだ。状況にそぐわない状態における指摘が的外れで驚いたのではない。ギルガメッシュの罵倒の内容が、あまりにも、的確だったからこそ、私は閉口してしまったのだ。

しかも奴は、生まれ変わったと言っているあたり、どうも私の事情を知っているようである。なぜだ。どうして奴がそのことを知っている。謎は増えるばかりで真実の糸口がつかめない。

「だがまぁ、あの凡人共の代表の代理であるのだから、その程度の愚図で当然なのかもしれぬ。―――ああ、ならば納得だ。……まぁよい。先ほども言うた通り、我は今、つい今しがた貴様が成した出来事により、非常に気分が良い。また、愚者であるとはいえ貴様は無能ではなく、それどころか我が収める土地の維持のため奔走した立役者である。働いた臣下には相応の褒美をやらねば王たる我の沽券にかかわる……。故にフェイカー。無知なる貴様が呈した疑問に対し、この我が直々に満足する解答をくれてやろう」

ギルガメッシュは私を罵倒した直後、自ら出した結論に納得すると、鷹揚に頷いた。己以外はすべて雑種であると言い切る唯我独尊な王でありながら、だからこそ公平な裁判官であり、優れた祭祀でも、奔放な旅人でもあったこの男は、豊富な知識を保有すると共に頭の回転も早く瞬時の状況把握に優れているため、一目で相手の性質や事情を読み取る事ができるという特技を持っている。その能力はまさに英雄王の名にふさわしいと言っていいかもしれない。

しかしそんな高い知恵や実力に比例して、ギルガメッシュはプライドの高さも天井知らずだ。己の智慧により得た真実を早々他人に明かそうとはせず、もったいぶって相手を焦らし、徐々に秘密を明かすことで相手が苦悩する様を楽しむという、非常にタチの悪い性質を同時に保有している。ギルガメッシュという男は他人より秀でて能力の高い人物にありがちな王であり、まさに暴君なのだ。

「い、いきなりなんだ、お前は! 出てくるなり、エミヤを……」
「自らの生涯の支えとなる軸すらいまだ見定められず、かといってそれを認めることも他者に語ることもできぬ半端者の小心者風情が王の言葉を遮るでないわ! この無礼者が! 」
「な……」

ギルガメッシュの一括で、ダリは慄然とした一言を漏らすと、目を向き、口を開け、背を反らせ、目を泳がせて混乱を露わにした。言葉はダリの胸裡に直撃したらしく、彼の気勢はギルガメッシュの一言で完全に削がれていた。

「なんだ、あいつは……」
「怖い……」

常に冷静の態度を崩さないダリが消沈するという出来事は、呆けていた他の仲間の精神を揺り動かす刺激となり、戸惑いの言葉が聞こえてくる。彼らの無意識の言葉は、ダリの不用意な横槍によって一気に不機嫌になった英雄王の精神をさらに逆撫でしたらしく、ギルガメッシュの柳眉の距離がさらに縮まっていく。

―――いかん、このままではいらぬ被害が広がるばかりだ

ギルガメッシュ。悪いが私の方が先約のはずだ。彼らに構うのは後にしてもらおうか。何故貴様がここにいるのか。何故貴様がこの時代にいるのか。事情を聞かせてもらえるというのであれば、お聞かせ願いたいものだ」

放っておくとこの場の誰も彼もが、心の傷を切開されて無駄なダメージを負いかねない。いやそれどころか、奴がさらに機嫌を損ない、挙句に暴走したならば、余計に面倒な事になる。ギルガメッシュという男が戴く英雄王の名は伊達でなく、奴は傲慢さに比例した高い実力を兼ね備えている。

その持てる力を存分に発揮して暴れたならば、このグラズヘイムの中央塔どころか、周囲数キロに広がるグラズヘイムそのものを焼け野原にするくらい容易にやってのけるだろう。

「……ふん、あからさまな話題逸らしの誘導であるが、……まぁよい。羽虫に構ったところでキリがないからな。多少不愉快であるが、貴様の思惑に乗ってやるとしよう。―――さて、どこから語ったものか、―――ふむ、フェイカー。貴様、このグラズヘイムをどう思う?」

ギルガメッシュがなぜこの場所に存在しているのかを聞いたのに、奴はなぜそのような質問を返してくるのか。奴の真意が読めない。だが、ここで話を蒸し返すと、奴の機嫌を損う行為になるのは明白であるので、奴の質問に応えようと口を開く。

「―――エトリアの執政官であるクーマは言っていた。ここ、グラズヘイムとは、かつて世界樹に環境の汚れと魔のモノの怨念呪詛が溜まった際、世界樹から生まれてくるセルという化け物を消し去るための最終手段、グングニルを発動させるための施設であると。実際、過去一度、セルを吹き飛ばすため、世界樹を消し飛ばした実績もあり―――」
「ああ、もうよい。今ので理解したわ。強烈とはいえ、元英霊ともあろうものが認識阻害の術程度も防げぬとは情けないことよ。加えて、貴様がいかに、与えられた知識のみで満足する愚者であるかを再確認させてもらった。―――よい。他人の思想を受け継ぎ、模倣し、実践する程度の輩などその程度。知識を得た際、知識を疑い、疑問からやがて真理を見出す賢者などそうは現れぬ。なに、我以外の人類のほとんどが蒙昧無知な愚者なのだから、気にする必要はない」

ギルガメッシュは手を振って私の言葉を遮ると、侮蔑に満ちた言葉を、憐憫と軽蔑の視線と共に私の方へ投げかけてくる。おそらく今の言葉は奴にとって、奴なりに最大限相手を気遣って声をかけた言葉なのだろうことが、多少の憐みを含んだ目線よりうかがえる。そんな、なんとも奴らしい傲慢さに満ちた言葉は私を唖然とさせ、冷静を保たせる効果を発揮した。

「……今の話に間違いがあったとでも?」

―――奴の態度にいちいち付き合っていては話が進まない

だからこの程度のことで怒りが湧き上がらせるな、と戒めの言葉を自らの心に言い聞かせると、再び奴に問いかける。すると奴は呆れたと言わんばかりの大きく短く息を吐き捨てると、片目を釣り上げた。

「大筋間違っていないとも。間違っていないからこそ、問題なのだ。―――貴様、何故、今、自らが抱える情報が矛盾を孕んでいると疑問を抱かぬ」
「―――なに?」
「良いか? 貴様の目的は、魔のモノを討伐し、エトリアの街に蔓延しつつある死病を食い止めること―――、そうだな?」
「……そうだ」

ギルガメッシュは私の事情を知っている。もはや確信に変わったそれに疑問を抱きつつも、私は奴の話の腰を折らぬよう、慎重に言葉を選びつつ返事をする。

「そして、そのために、新迷宮とやらに潜り、奥に潜む魔物の討伐をエトリアの街の執政官より命ぜられた」
「……、正しくは封印だが」
「は、どちらでもよいわ。ともあれ貴様、先程このグラズヘイムは、魔のモノの汚染を吹き飛ばすための施設でありその実績もある。そう、街の執政官から聞いたと言ったな?」
「そうだが、それが―――」

不穏な何かを感じ取った心が、問いかける言葉を止める。

「ようやく気がついたか、愚か者め」

ギルガメッシュは先ほどと同じく再び大きく短く息を吐き、嘲笑う。だが私は、奴のそんな態度に気をかける余裕はなかった。

―――おかしい

何かがおかしい。何か、歯車がずれている。いや、違う。ずれているのではない。そもそも噛み合っていないのだ。料理の材料は揃っているのに、調理の仕方がわからない。そんな気分だ。ギルガメッシュが語った言葉を揃えて考えようとすると、途端に話の全容がぼやけてゆく。俯瞰ができない。いや、違う。細かい部分がつながらなくて、話が分からなくなる。

不安が生まれる。ここで二つの素材の調理に失敗してしまえば、二度と結論に達する事ができない。そんな感覚。おそらくここで答えを出せなければ、目の前の英雄王は私を見限るだろう。さすれば、二度と真実にはたどりつけなくなると私の直感が告げている。

―――この違和感の正体はなんだ……

だから二つを必死で手繰り寄せて、組み合わせる。考えろ。何がおかしい。何が足りない。ギルガメッシュはなぜ自らの言葉の矛盾に気がつかないのかと言った。ならばそこにこそ答えは隠されている筈だ。

クーマは街の死病を無くしたいと考えている。クーマは赤死病が魔のモノの仕業だと知っている。クーマは魔のモノがどこに潜んでいるか、検討が付いている。クーマはグラズヘイムの真の使い方を知っている。クーマはグングニルの正体を知っている。クーマは街の死病を無くしたくて、街の死病の原因が魔のモノであることを知っていて、グラズヘイムが魔のモノの汚染を吹き飛ばすための施設だと知っている。だとしたら。

「なぜクーマは、グングニルを使って魔のモノを退治してしまおうと考えないんだ?」

必死の問答の末たどり着いた結論を口にすると、脳裏に漂っていた霧が一気に晴れたのを感じた。一つの真実が明らかになると、連鎖的に他の情報と結びついて別の疑問を生む。

「そもそも、なぜこのような施設が残っている? 誰がいつ造り上げたのだ? いや、この規模の巨大施設を作り上げるには、重機が必須のはず……、過去の人類が作り上げたのだとしたら、どこに建築したのだ? そもそも、セルとか言う奴を倒すためとはいえ、なぜ世界の支えである世界樹を消し去るなどという短絡的な手段を考えた? ほとんど結晶化しいているというシンジュクを調べるよりもこちらを調べた方が遥かに有意義だろうに、なぜ調査をしようと思わないんだ? なぜ―――」
「そこまでにしておけ、フェイカー。……、先程凡愚と言ったのは訂正しよう。我の助言があったとはいえ、認識阻害の魔術の影響から抜け出した途端、疑問を連鎖して抱けるあたり、完全な愚者ではないようだな……」

答えを得て私の思考の暴走を止めたギルガメッシュの表情は、先ほどまでと変わらないこちらを見下すものでありながらも、その成分の中に含まれている刺々しさの度合いが少しばかり和らいでいる。

ギルガメッシュ……、お前は……、何を知っているというのだ」
「無論、全てを、だ。この世界において我に知り得ぬ話題などというものは存在しない。―――では、褒美をくれてやろう。フェイカー。貴様にこの世界の真実を、教えてやる。ありがたく拝聴するがいい……。フェイカー。改めて貴様に問おう。このグラズヘイムという施設をどう思う? 」

ギルガメッシュは先ほどとまったく同じ質問を投げかけてくる。しかし、まるで同じ質問であるにもかかわらず、私の頭の中は先ほど質問を投げかけられた時はまるで違う働きをしてみせて、明朗な状態で奴の質問の真意を考え出す。

「―――あまりにも矛盾した存在だ」

まずそんな一言が口から漏れる。

「ほう、なぜ?」
「これほど巨大かつ精密な施設だ。たとえスキルを得たとしても、揺らぎというものが存在するが人間の力では、ここまで緻密な建造物を作り上げるのは、まず不可能だ。どうしたって、重機や精密機械の力を借りる必要がある。つまり、この施設が建てられたのは、まだ機械の力が全盛期の頃―――、すなわち、世界樹という存在がまだ地上を覆う以前だったという事になる。また、先のグングニルの使用用途が魔のモノという存在の消滅が目的だったことを加味すれば、おそらく私のこの予測が正しいという状況証拠にもなるだろう」
「それで?」
「そしてクーマの目的は、魔のモノの排除だ。クーマはシンジュクという場所を調査し、結晶化した過去の遺跡について調査し、魔のモノを封印、あるいは排除すれば、赤死病の撲滅が可能ということも知っていた。そして同時に、クーマはこの施設―――、すなわち、グラズヘイムについても知っており、グングニルという兵器があり、それが魔のモノという存在に有効であることも知っていた。ならば、何故、彼は使わなかったのか」
「……」
「否、違う。おそらく彼は結び付けられなかったのだ。彼はグラズヘイムという存在について知っていながら、利用しようと考える事が出来なかった。二つの関係する情報を結び付け、解決の手段として見いだす事ができなかった。―――上手く認知ができなかったのだ。そうだ、先ほどの私もそうだった。異常と思いながら、すぐさまそうでないと認識するこの感覚。目の前にあるのに、気づかない、気づけない。否、気づいていながら、気づいたことは大したことではないのだと自ら判断を下し、忘却してしまうこの感覚。―――これは、魔術師などが人払いと併用してよく使う、認識阻害の魔術がもたらす作用だ」
「つまり?」
「響や兵士たちも、クーマと同様、これほど巨大な過去施設についての知識を持ちながら、大したものでないと認識したことと、エトリアという好奇心旺盛な冒険者たちが集う街において近場のこれほどの施設が探索の対象になるどころか噂にすら俎上しないことを加味すればつまり―――、どのような手段を取っているのか、どのような範囲に効果を影響を与えているのかはわからないが―――、このグラズヘイムという存在が重要と思われないよう、強力な認識阻害の魔術が、少なくともエトリアの街にまで影響を及ぼす範囲の広域にかけられているという事になる。つまり、グラズヘイムは、過去、魔術師と科学者が協力して後世の人のため世界樹を救う手段を備えた施設でありながら、同時に彼にとって秘匿しておきたい施設だったのだ」
「それはなぜ?」
「―――それは……、グングニルという兵器がどれほどの威力を秘めているのかは知らないが、世界樹を消し去る威力を持った兵器だ。強大な軍事力として利用される事を恐れたか、あるいは―――」
「貴様の妄言に付き合う気はない。真実を求めるのに裏付けのない想像で物事を補填しようするな、愚か者が。―――所詮貴様の持っている情報では、その程度が関の山か。ま、愚者にしては良くやったと褒めてやろう。光栄に思え」
「……それはどうも」

ギルガメッシュの言葉はどう聞いても相手を小馬鹿にした罵倒であったが、この世の全ては自らの所有物であると信じる奴にとってやはり最大限の賛辞なのだろう。素直に受け取ると、ギルガメッシュは鼻息一つ高鳴らして、再び口を開く。

「さて、フェイカー。確かにこのグラズヘイムには、この場所を人間の意識からそらすための大掛かりな認識阻害の術式が敷かれている。元英霊のような高次の存在である貴様にも通用する、非常に強力な認識阻害の魔術がな」
「……」
「そうとも、過去の人間どもはなんとしても施設を隠したかったのだ。何故ならばこの施設、グラズヘイムは―――、この矛盾と継ぎ接ぎだらけの人造世界を建築し、維持する為に建築された管理施設であり、同時に、旧人類どもが自らの最後の願いを託したジグラットでもあるのだからな!」
ジグラット?」
「いかにも。―――さてフェイカー。認識阻害の影響下にあったと気がついた今ならば、次の言葉にも疑問を抱けるのではないか? すなわち、『人類が世界樹の上に大地を作る』という言葉に、だ」
「……」

ギルガメッシュの言葉を受け、考える。世界樹の大地は、ざっと地上から地下まで四、五キロはあるだろう厚さの積層構造の土地だ。かつての地上よりかけ離れた天空出会った場所には、大地があり、海があり、山があり、川があり、森がある。すなわち、地上と変わらぬ自然が広がっている。千メートルの塔を作るのにも一年以上の時と莫大な労力を要したことを考えれば、そんな所業、重機をフル稼働させても不可能だろう。

いや、人類全てを労働力として導入してやれば可能であるかもしれないが、それでも途方もなく長い時間を必要とするだろう。必要となる時間は千年どころの騒ぎではないはずだ。だが、世界樹を植えた時点で汚染が広がっていたという地上の環境において、そんな労働力と時間を確保できるとは思えない。果たして―――

「過去の人類は―――いったいどのようにして、この大地を作り上げたのだ?」
「その答えがこのグラズヘイムよ。自らの魔術と科学を集結させても事態の解決不可能と悟った人類は、他でもない、神の力に頼ることを決めたのだ。世界中に散らばる神話を紐解けば、大地創生などいくらでも転がっている。奴らはその中でも特に強力な、古き歴史を持つ神話を利用して大地を整える事を企んだ」

魔術において歴史が古く、多くの人に広く知られ認知、観測されているということは、そのまま神霊の強力さに繋がるということである。また、古ければ古いほど、神秘の強度は向上し、魔術によって起こせる奇跡は強大なものとなる。故に旧人類の人々は古き神々に頼ったということか。しかし。

「―――ばかな。世界の摂理、星の抑止力とも同義の存在である神霊の召喚など、人にはとても不可能な所業……」
「もちろん、たかが旧人類、すなわち魔術回路を介さねば世界の理にアクセスすること不可能な低次の存在では、高次元の概念的存在であり自然の摂理でもある神霊を認識することすら難しい。また、たとえ魔術回路を持っていようと、所詮は外付け回路。資質がなければ神霊と接触するには到底及ばぬ。しかし、新人類という、魔のモノによって霊脈、すなわち、星という存在との繋がりが強化された存在ならば、話は別だ。星との繋がりが強化されるということは、神霊との繋がりが強化されるということと同義。すなわち、新人類らの霊的知覚能力と高次の存在に対する交信、接触能力は、貴様ら旧人類のそれをはるかに凌駕するという事になる」
「……! 」
「だから奴らは新人類を通して、神霊へと呼びかけ、召喚し、大地の創造という奇跡を成し遂げようと考えた。しかしそれは叶わなかった。そも、星であり、自然の摂理である神霊を呼び出すことは不可能だった。このグラズヘイムという場所は、超一等の霊地である霊峰富士の上に建造された建物であるが、そんな土地と霊脈の力を借りても神霊という存在を召喚することは出来なかった。そこで奴らは、我らに目をつけた―――すなわち、我の様な半神半人の英霊を召喚し、使役し、神の代理に祭り上げようと試みたのだ!」

言葉尻は烈火の如く激しいものとなり、ギルガメッシュの顔が憤怒と憎悪に染まった。空気に緊張が走る。真に自らという存在と能力を求めて召喚されたならまだしも、ギルガメッシュは彼自身の能力を真に期待されたのではなく、次善の策で最上位に存在する神の代理として仕方なく呼び出されたのだ。その行為がギルガメッシュという、神霊という存在を蛇蝎の如く嫌い、神と人の共存した時代を終わらせた男のプライドをどれほど傷つけたかは、想像に容易い。

「―――ギルガメッシュ。お前はその無礼な訴えに応じたのか?」

触れれば破裂しそうなギルガメッシュの気分を少しでも鎮めるべく、なるべく奴の気分を害さぬよう言葉を選んで話しかけると、呼び出した存在の所業を責める内容であったのが功をそうしたのか、多少機嫌を落ち着けて、再び口を開く。

「―――そうだ。その唾棄に値する提案を聞いた瞬間、殺してやろうかと思ったとも。だが、その後我を軽んじる無礼者どもが陳情してくる計画が、あまりに矛盾を孕んだ愉快なものであったが故に気を変えてやったのだ。―――そう。その奴らの願いと関わっているのが、このグラズヘイムという場所が持つ第二の機能である―――、さてフェイカー。再び尋ねよう。奴らの望みとはなんであったと思う?」

問われて考え込む。話の内容からギルガメッシュを呼び出した彼らが立案した計画とやらがギルガメッシュの怒りを鎮める内容であったのだろうが、それがどのような内容であれば、この傍若無人な英雄王の果てしなく高いプライドを傷つけた出来事と釣り合うのかはまるで想像がつかなかった。

「―――すまないが、心当たりがまるでないので思いつかない。推測でも良いが、君にとって妄想を垂れ流されるのは不愉快なのだろう? ヒントだけでもくれるとありがたいのだがね」
「ふん、王に助言を求めるとは不遜な事よ。……だが、己の欲するところを知るもの、無知さを知る者に、我は寛大である。―――フェイカー。貴様、死が確定している者が望むものはなんだと思う?」
「死にゆくもの……」
「そうだ。もはや何があろうと、死の運命は覆せない。そんな奴らが死を目前にした時、何を望むのか。―――正義の味方と嘯き、抑止力の手先として多くの人間を殺してきた貴様になら、答えるに容易い質問であろう? 」

奴の物言いは鼻に付くが、奴の指摘は確かに間違ったものではない。過去を思えば、彼らに対する感情はほとんど失せてしまったが、彼らが死の間際に残したものは、いまだにこの胸の中にこびりついている。

「―――遺言。自分の大切な者に、残す者に、自分の意思を、伝えたい。滅びが確定しているのならばせめて……、自分がここにいて、どんな風に生きて、何を思って死んでいったのかを知ってほしい。あわよくば……、私の思いを受け継いでほしい。そんな願い……」

シンという男が死の間際、響に剣を託した様に。あるいは衛宮切嗣という男が家の縁側で月下にて正義の味方という己の願いを語った様に。自らが死ぬ定めにあるとしても、自らの生き様と信念、目指した場所を誰かに知ってもらい、あわよくば受け継いで欲しい。それが死の運命が確定したものが抱える共通の願いではないだろうか。

「そうだ。自らが存在した証を残したい。それこそが奴らの願いであった。―――奴らの言をそのまま言ってやろう。『覆せぬ死にゆく定めならば、せめて自らがこの世界に存在したのだという証拠を残したい。人類が滅びるというのなら、せめて歴史と技術だけでも後世の彼らに残したかった。だがこの度はそれも叶わない。人類は長い歴史を重ねる中、多くの過ちを繰り返しながらも、それでもなんとか生き延びてきた。失敗から多くの教訓を学び、技術の発展を積み重ね歴史として、無様ながらも世界を運営してきた。しかし、この度人類は、過剰に発展した技術によって地球環境を自ら破壊し、滅びの道を歩む事となったのだ。だから技術を受け継がせることはできない。となれば当然、歴史も彼らに知られるわけにはいかない。歴史とは人類がいかに技術の積み重ねてきたかの証明だ。片側を知れば、いずれおのずともう片方も理解できてしまう。故にどちらも知られるわけにはいかない―――だからせめて。歴史も技術も残せないのならば、せめて無意識の中でいいから、我らは確かにそこにいたのだという証を、後の時代の彼らの行動の中に生かしたい』」
「―――」

ギルガメッシュの言葉を聞いて目を剥く。旧人類が残した遺言に驚いたのではない。奴は先ほど、旧人類の陳情が自らの怒りを鎮めたと言っていた。そして彼らの願いとはすなわち、「自らの生きていた証を後の世に残したい」というもの。ということはすなわち。

ギルガメッシュ。お前はまさか、彼らのその切なる願いに胸を打たれて、神の代理とかいう役目を引き受けたというのか……?」

この天上天下唯我独尊を行動理念とする男が、死の間際の人々の願いに絆されて、あえて彼らに体良く使われる事である役目を引き受けたということになる。―――奴はそんな殊勝な人間でないと心底思い込んでいた私は、忽然と現れた予想外の答えに、驚きを隠せない。

「は―――、ははははははははははは! 面白い戯言を抜かすな、フェイカー! いかに末期の願いだろうと、たかだか凡人愚民の思いなど、我にとって瑣末な事に過ぎん! 我が奴らの無礼失態を見逃し、戯言を聞いてやろうというほどに気分を愉快なものへと変化させたのは、自らの願いを叶えるためにと奴らが用意した手法よ! 」
「―――……そうか」

だが、驚愕は一瞬で納得と残念の中へと霧散する。奴らしいといえば奴らしいが、少しばかり寂寞の念がわく。

「奴らは続けてこう言った。『貴方がたの力を借りて世界樹の上に大地を創造し、維持をして頂く御座としてこのグラズヘイム/喜びの大地を作り上げた。また、同時にあなた方の存在を秘匿する為に、月とこのグラズヘイムを利用して大掛かりな認識阻害の陣を書き、実行する。霊脈よりエネルギーを確保した陣は、再度霊脈中に送られ、霊脈を通して、全世界の人々に影響を与え、世界樹の大地の上に住む彼らはこのグラズヘイムの存在を重要なものと見なさなくなるだろう。―――その際。陣から霊脈に送る術式に、もう一つの情報を加えたい。……歴史と知識を教訓化し、日常行動の動作として落とし込めたものを、彼らの無意識化のうちに刻み込みたいのだ』。―――面白いだろう? 奴らはな。新人類の頭の内側に、己らの歩んできた歴史と知識の居場所を、才能やスキルと名を変える事で確保したいとほざきおったのだ」

火を見て火傷しないよう、距離を保つ。氷を握りすぎて凍傷を起こさない様、離す。雷にうたれて瀕死の重傷を負わないよう、避雷針を用意する。それは人が歴史の中より得たてきた知恵である。すなわち、旧人類の彼らは、あらゆる場面においていかような行動が適切であるかを、新人類の無意識に植え付け生きる助け―――才能やスキルとして活用してもらうことで、新人類の中に自らの歴史と知識が息づいている、受け継いだとみなしたいと考えたのだ。

―――それは、最古の人類アウストラロピテクスのルーシーまで遡れば、約五百四十万年もの歴史を保有する紡ぎ手たちが最後に抱く願いにしては、あまりにも儚く、小さな望み

「―――英雄王。何故彼らの覚悟を嗤う。末期の時、彼らは自らの死を覆すことでなく、後世の人類のために、忘れ去られる事を良しとし、その上で、生きていく術を彼らに伝授したのだ。たとえそれが元は自らを忘れて欲しくないという我欲が願いであったとしても、その志は侮辱して良いものではない……! 」
「いやいや、これを滑稽と笑わずしてどうする。奴らはいい道化であろう。なにせ、自らが望んだ願いが行き着く先、どの様な事態を引き起こすのかまるで想像していなかったのだからな! 」
「何……?」
「よいか? 先も奴ら自身がいうた様に、歴史と技術は比翼連理よ。技術を積み重ねた結果こそが歴史である。片方だけ忘れるということはできん。すなわち、技術を才能やスキルに変換したところで、それを得るために歴史が完全に消えさるというわけではない。日常の行動にまで落とし込めたモノの中には、技術を習得するため、どの様な歴史を辿ったか、というものが必ず含まれておる。つまりだ。奴らのその切なる願いとやらを叶えた暁には、新人類は、その無意識の中に、旧人類の歴史を植えつけられるということと同義であるのだ」
「な……」
「無論、刻みつけた場所が無意識という領域であるが故に、新人類が技術やスキルより歴史を認識することはできない。だが、フェイカー。貴様には覚えがあるはずだ。貴様はこの世界に生まれ出でて以降、自然や何かの物事が起こった時の事を例える際、無意識のうちに神話や歴史の例えを引用するといった経験が。あるいは、以前の貴様ではしなかっただろう、別の人間の感性に基づいているとしか思えないような言い回しをするようになった経験が……」
「それは―――」

ある。たしかに私は、自然の情景や状況を例える際、何度も繰り返し同じ内容の、しかし異なる言葉を用いて表現し、神霊や妖魔の例えをよく引用する様になっていた。加えて、確かにくどくも言葉を繰り返し重複させて使うことも多々あった。

「おそらくそれは、貴様が過去の人間であることに起因するのだろう。この時代の人間ならば、無意識のうちに埋め込まれた旧時代の歴史との接点がないという事実と、先の認識阻害の陣の効力とが合わさることにより、脳裏の中にある情報を認知することは、ない。通常、できない。すなわち、無意識の中に埋め込まれた歴史を、基本的には掘り起こせない。しかし、旧時代の人間の体を用いて転生した元英霊である貴様は、多数の過去の時代の歴史知識を保有している。それが無意識の中に格納されている知識との仲介役となり、貴様の言動を侵食しているのだ、フェイカー。―――おそらく歴史が自らの血肉となったことに伴い、不愉快な事だが、貴様の使う投影魔術とかいう贋作作成の性能、精度も上がっている事だろうよ」
「――――――」

思いもよらない指摘に、私はもはや抜け殻の様な醜態を晒していた。緊張のため強張っていた肩からは力が抜け、口を開き、顎がたれかけている。

「そして同時に、奴らの敷いた陣は、もう一つ、新人類に多大な影響を与えた。無意識に才能を埋め込むということは、当然、新人類の行動、人格にも影響を及ぼす。特に顕著なのは、名による影響だ。新人類は、誰かに名付ける際、無意識のうちに植えつけられた才能、すなわち過去の歴史に従ったイメージによる名付けを行い、名を付けられた方は、これまた無意識のうちに、名にそっての人生を歩み、そして周囲も、無意識のうちに自らの名の影響を受ける様になったのだ」
「名が―――、人の生き方を縛り、行動を制限する枷になるというのか?」
「そうだ。そして、それが此度の事態を引き起こした―――、く、くっくっく、あっーはっはっはっは! 」

すると英雄王は、先ほどまでの不機嫌が嘘の様に、腹を抱えて笑い出した。

「何がおかしいか! 」
「はは、これが愉快でなく、何を愉悦しろというのだ! 旧人類とやらは自らが滅びゆく定めである事を受け入れ、歴史と技術を自ら消し去る事を覚悟し、後世の人々の為にと大地を作り、整え、維持するために苦心して命を賭して、あるいは捨てて、我らを召喚し、交渉し、腐心の果てにこの様な管理施設を作り上げた! さらに自らの歴史や技術を新人類が生きてゆくための才能やスキルとして変換させ、無意識の中に刻みつけた。奴らからすればささやかな願いとやらは、確かに尊き行動であり、旧人類の残した負債に縛られる事なく健やかに過ごして欲しいとの願いだったのかもしれん……。しかし、その善意に付随させた行為は、実のところ、新人類の行動を縛り、人生と行動を強烈に縛り付ける重枷と成り果てた! すなわち、新人類とやらは総じて、旧人類の歴史を模倣するだけのフェイクにすぎんのだ! はは、フェイカーたる貴様にとっては、さぞ居心地が良かっただろうよ! 周りを見渡してみれば、自らと同じよう悩みを抱えたものばかりなのだからな! まっこと、人間の末期の願いというものはろくな結果を起こさぬよなぁ! 救いの手を差し伸べたつもりが、それは救いではなかった! はは、まるで毒親ではないか! どうだ、この見事なまでの道化っぷり! むしろ笑ってやらぬ方が失礼に値するとは思わんか!? 」

奴は哄笑する。高笑いは今や静かになった空間に響く唯一の音であり、その声は非常に私の癇に障った。怒りは沸騰し、憎悪が煮え滾る。それらが、純粋な願いが呪いに変わってしまった彼らに対する同情からもたらされたのか、あるいは、自身と同じように、他者を思っての行動がその実、他者の為にならなかったという結果を嘲笑うギルガメッシュに対する蟠りの感情からもたらされたのかはわからない。あるいはその両方なのかもしれない。

「そしてこの世界樹の大地は、無意識のうちに神や聖人の名を名乗り、その行動をなぞるものばかりの土地となった! ある意味でこの土地は、バブ・イル/偉大なる神々の家々なのだ! ならばそんな天空にそびえる土地に立てられた祭壇はもちろんジグラット! すなわち、ウルであり我の住処である! はは、なるほど、我が世界創生の采配を振るうに相応しい場所ではないか! ―――そんな奴らの愚かさと偶然の合致が我を愉快にさせたが故、我は奴らの無礼な願いを受けてやることにしたのよ。やがていつか、奴らの残した呪いは、これまで見た事もない胸踊る事態を世界に引き起こすだろうと思うてな。―――そして、今日この時、まさにその見たこともない事態が、フェイカーである貴様らの手によって引き起こされた。ああ、改めて褒めてつかわそう。貴様らが引き起こした事象は、間違いなく人類に歴史において、一度も起こり得なかった奇跡の所業であり、旧人類の多数が一度は望んだ出来事なのだから! 」

今すぐ殴りかかってしまえと体は叫んでいる。憤りはもはや限界値を超えかけていた。だが、それをしてしまえば、この度起こった出来事の真相を知る機会も、世界の真実とやらを知る機会は二度とないだろうと直感が告げている。だから沸点に達した熱情を冷静で抑え込むと、私はギルガメッシュに対して問いを投げかけた。

「―――なにが、……起きた」
「クク、さてこのグラズヘイムという場所は秘匿のため、外部に対して行う、情報の結びつきを阻害するモノと才能の植え付けを行なう性質とはまた異なる、特殊な認知阻害の陣が敷かれている……。この場所において誰かが起こした行動内容は大したものでなく、当然のことが起きているだけだ。故に気にするほどの出来事は起きておらん、と、無意識下に広く訴えるための陣だ。この機能がなければ、やがて貴様が先ほどやったように、綻びから認識阻害の術式を破る輩が現れるかもしれんからな―――だが、その旧人類が秘匿のために敷いた陣が此度の引き金となった」

ギルガメッシュはそこで初めて私以外の人間へと目を向ける。

「事の引き金となったのは、貴様と、シン。ピエール、サガという名の奴らよ」
「え……?」
「私か……?」
「私、何かしましたかねぇ」
「俺も覚えがねぇけど……」

突如としてギルガメシュから名を呼ばれた彼らは、戸惑い、狼狽える。まさか私とギルガメッシュが主役であったこの舞台において、自らが壇上に立つ羽目になるとは露程にも思っていなかったのだろう。

「クク、そう、だからこそ面白く見させてもらったよ。―――人類の無意識に干渉し情報を広める陣を発動させている、かつて神霊を呼び出そうとした祭壇へやってきた貴様らは、あろう事か、預言者の名をその名の中に冠した男が、死者の体にハマオ―――すなわち油の霊薬を注ぎ、そして、復活の手伝いをしたのだ」
「聖者……? 」
「かつてただの人に過ぎなかった男は、とある神との出会いにより、自らの名前の中に自ら歩む誓い/ hayを入れた名前へと変更し、預言者となった。それと似たようなものだ。主の思いを受け継ぎ背中を追うだけであった男、エリヤ/elijahが、子/“l”amedという立場から抜け出すことを決意し、他者と水/“m”enの交わりがごとき交流をしたのなら、エミヤ/emijahとなる。あるいは、エリシャ/elishaが同様の流れを辿った後、シン/“sh“inを失いヨッド/“y”odすなわち悟りを得たならばエミヤ/emiya。すなわち、貴様の名となる。弱者の救済を惜しまず、しかし激情型で短絡的思考な面がある事を考慮すれば、エリシャの方が貴様の特性に近しいやもしれんが、まぁどちらでもよい」
「……は?」
「無論貴様は、預言者でも聖者でもない。しかし、偽善をその生涯を持って貫き通した貴様は、ある意味では、聖人の生き方と近しい人間である。フェイカーよ。すなわち貴様は、このバブ・イルにおいては、過去の聖人のフェイクでもあったのだ。そしてそんな聖人もどきが復活させた男の名は、バビロニアの王たる我、ギルガメッシュが祖父、すなわち月神ナンナをシュメール読みにした場合の、シンだ」
「―――それは私の名、か?」

急遽再び自らの名を呼ばれたシンは、新しい体にて反応する。ギルガメッシュはシンを物珍しいものを見たと言わんばかりの好奇と、いつも通りの侮蔑の混じった見下しの視線を向けると、シンの言葉に頷いた。

「そうとも。貴様も、貴様のその他の雑種どもも、其奴の生涯を思い出して見るがいい。 我が祖父は、闇夜に紛れて敵を打つ戦上手であり、常に夜空に変わらず浮かび旅人を見守る月神であり、暦を司り、農業や繁栄のシンボルでもあった。すなわちシンという名を持つ其奴の近くにいるものは、戦は安定して事を運べるようになり、商人は安定した収入を得ることが出来るようになり、旅人は最短の旅路を約束されるようになり、其奴のいる土地は食糧難に襲われず繁栄するようになるのだ」
「戦上手で―――」
「近くの商人は商売が安定して―――」
「冒険で最善の選択肢を示す月の神……、ですか」

サガが、ダリが、ピエールがギルガメッシュの言葉に反応し、呆然と呟いた。言われて私も、シンの事を思い返す。彼は戦の才能に満ち溢れ、彼の専属道具屋のような状態であったヘイは金に困らない生活を送っており、シンが冒険の最中告げる言葉と示す道は苦難ながらもたしかに正解の道のりであった。すなわち、ギルガメッシュの言った特徴は、シンという男の特徴と、見事に合致しており、だからこそ彼らは、シンの特徴を言い当てた奴の言葉に驚いたのだ。

月神である奴は、同時に、山神でもあった。奴が治めていたその山の名を北西セム族がやったようにヘブライ語の接尾辞アイをつけて呼んでやればと、シンの山はすなわちシナイ山となる―――、幸いにして、ここは過去、霊峰富士と呼ばれた場所。頂上にて不老不死の薬が燃やされた伝承を持つ場所。復活には都合の良い山でもある。さて、フェイカー。シナイ山の神。油を塗られた聖者、死者の復活とくれば、貴様は何を想像する?」
「―――まさか……」

バカな、ありえない。そんなもの、この世に呼び出せるわけがない。それは、人類史上、最も世に広く広まった、かつては総人口の三分の一もが崇め奉った宗教の神。古くから伝わる三つの宗教の頂点であり、紀元前後合わせて四千年ほどの間に数え切れないほどの派生分派を生んだ、この世で最も読まれた書物に登場する天地創造を行った創世した神。その名は。

「YHVH……」